Scribble at 2021-09-26 19:31:56 Last modified: 2021-09-27 13:11:35

添付画像

悪いヤツほど出世する

手早く通読した限りでは、やはり翻訳の書名から連想できる露悪的な内容ではなく、多少の皮肉もあるがリアリズムと言うべき内容だ。ただ、期待していたほどの辛辣な批評ではなかった。特に、アメリカの経営学や経営コンサルティングやリーダーシップに関わる多くの人々の言動に〈埋め込まれている〉と思えるキリスト教的な価値観や信仰については、確かにいくらか本書で指摘はされているものの、論調はかなり曖昧だ。フェファーですら「宗教に近いものを感じさせる」などと弱い調子で指摘するのが精一杯というのが、アメリカの宗教国家としての実情なのだろうか。これでは経営学が社会「科学」を名乗るなど、500年ほど時期尚早だと言えよう。(確かに、これは学術分野としての経営学の問題ではなく、一部の経営コンサルや著述家や自称経営学者たちの個人としての問題だと言いうる。しかし、そういう影響下にないと自負しているであろうフェファーですら、はっきりと指摘することは躊躇している様子があるのだから、これはアメリカの経営学という学術研究コミュニティ全体の問題だと、敢えて無礼に決めつけて牽制するくらいが良いだろう。)

他にも、リーダーシップにかかわる「商売」の実情について色々と指摘はあるが、おおよそ関連する本を読んできた僕の理解と殆ど同じである。簡単に言えば、経営学というのは経済学や社会学や心理学など既存の分野の成果を会社だの商売だのという対象なり話題に応用してみせただけの業績が大半を占めており、まだ独自のアプローチは確立されていないと言える。それゆえ、学術研究スキルの明確な基準がないまま大量の学生に学位を、それこそ無分別にバラ撒いている。企業において「使えないもの」を3つ挙げよと言われれば、新卒と外部取締役と MBA 持ちを数える人もいよう。よって、経営やリーダーシップについて語るための参入障壁が低く、(成功した)経営実績もなければ MBA に準じる分野の勉強をしたこともなく、いやそれどころか企業就職すらしたことがない学生や主婦まで「楽しい会社のありかた」などを気楽に語っている(要するにバイトやパート程度の経験が企業勤めだと思っているらしい)。恐らく日本でも同じ筈だが、マッキンゼーやボストンやトーマツといった名だたるファームであろうと、経営コンサルタントの大半は、コンサルティング会社自体の従業員としての経験はあっても、それ以外の職種や業界での経験などまるでない、紙の上で業界知識を仕入れただけの完全なアマチュア集団だ。しばしば、部外者だからこそ客観的な分析や判断ができるなどと言ったりするが、それは相手の会社の人間関係や取引関係に影響されない範囲でという意味であり、当該業界について全くの素人が的確に分析したり助言できるなどという意味ではない。

こうした点で、フェファーと僕の理解は殆ど同じである。よって、逆に本書は手元に残しておく必要はないとも言える。わざわざアメリカの大学教授に教えてもらわなくても、この程度の認識にたどり着けるくらいの経験なり素養なり知性はあるからだ。

  1. もっと新しいノート <<
  2. >> もっと古いノート

冒頭に戻る


※ 以下の SNS 共有ボタンは JavaScript を使っておらず、ボタンを押すまでは SNS サイトと全く通信しません。

Twitter Facebook