Scribble at 2026-07-26 09:29:44 Last modified: 2026-07-26 16:51:31
かつて、Adobe Acrobat Reader や Yahoo! や Apple のサイトで使われているボタンを時系列に並べたグラフィックを当サイトに掲載して、"FFFFOUND!" というサイト(中村勇吾氏の Tha Ltd. が運営していた)でも紹介されたことがある。その頃の UI コンポーネント・デザインに比べて、もちろん最近はフラット・デザインが大流行していて、そもそもフラット・デザインを採用している CSS の「フレームワーク」と称する出来合いのツールを無頓着に使うコーダが多いため、流行というよりも英語の "default"(特に何にもしない)というニュアンスで普及しているという印象がある。これをわざわざ変更して、いったい何の得があるの? というわけだ。
もちろん、これをして、「デザイン」というものについての意欲が減退していると悩んで見せるのはたやすい。でも、デザインやコーディングのことしかわからない人間が、不満や懸念を表明する資格などないと思う。なぜなら、ぶっちゃけウェブサイトやウェブ・ページの論理構造やプレゼンテーションや情報アーキテクチャや UX などを自ら「デザイン」しなおして、いったい給料がどれだけ上がるのか、残業が減るのか、というのが多くのコーダやデザイナー諸君の実感だろうと思うからだ。これを、昭和の脳筋経営者みたいに「ガッツ」だの「矜持」だの「お客様は神様です」(これは三波春夫氏の有名なセリフの誤用。彼は客に奉仕しろなどという意味で言ってはいない)と、電通や博報堂の営業、あるいは上場企業の企画部といった、昼寝していても都内に億ションどころか一戸建てを買えるような金持ちの息子や娘どもと一緒に口走ってみたところで無意味である。
そういう意味で、僕は昨今の(Z 世代なのかどうかは知らん。俺もそうだし)ウェブ制作の実務に携わる人々の「ディフォールトを愛好し指向するメンタリティ」には正当な理由があると思うし、そういう意味でのサボタージュを積極的に支持する。妥当なギャラや時間を確保できないクライアントやディレクターに、まともな品質のソース・コードやデザインなんて提供してやる必要はない。WordPress のテンプレと React Native / VUE と Bootstrap / TailwindCSS でありきたりのページを納品すればいいのだ。なんなら、これは企業の CAIO としては問題があるかもしれないが、会社が禁止していようと生成 AI でコードを書いたりデザイン・サンプルを納品すればいい。自分の才能を注ぎ込んだ素晴らしいプログラムやデザインは、趣味として制作するコンテンツに反映させたらいい・・・もちろん、きみらにそんな選択ができるだけの才能があればだけどな。