Scribble at 2025-02-10 11:27:34 Last modified: 2025-02-10 11:28:55
社内の文書だからといって、なにも事務的だったり定型的だったりする必要はないわけで、遊び心なり拘りなりで、やはりデザイナーでもある人間が手掛ける以上は表紙にも色々と手を加えたいという意欲がある。というか、どういう書類でも表紙のデザインに一定のクォリティを確保するとモチベーションも上がるというものだ。WORD に文字を並べて吐き出したような文書を作るだけなら、何も僕が手掛けなくてもいい。それこそ生成 AI にでも処理させたらいいだけである。しかし、それを現実に読むのはヒトであって AI ではないのだから、ヒトが制作し読むという前提を抜きにしては、マネジメントの文書など成立しないであろう。世の中に出回っている社内文書の類の大半が、書いたり読む人にとってどうでもいい紙くずでしかなく、その内容も趣旨も結局は蔑ろにされてしまってガバナンス統制の役に立たないのは、つまるところ最初の第一歩で文書を作る側に何の思い入れもないからなのだろうと思う。
これは何も情緒的で軟弱な議論ではなく、僕が企業でマネジメントを20年に渡って預かってきている経験から述べている、或る種の「ビジネスのリアリティ」というものだ。こういうものを作ったり運用したりあてがわれるのは、なんだかんだ言っても大半が凡庸な人々なのであって、まさしく機械のように業務を遂行したり改めたりすることが難しいからこそ、色々な脆弱性が顧みられず放置され、そして事故は起きるし企業の業績も規模は問わずに少しずつ低下してくるものだ。凡人が凡人を雇って凡庸に経営・管理するのだから、どんな大規模な上場企業であろうと、そして長期的な視野でマネジメント・システムを構築していても、数十年後には軌道修正が不可能な状況へ陥って倒産し、市場から姿を消すとライフサイクルを経るものである。そういう不可避的な状況はともかく、それをできるだけ先延ばしへすることが going concern を命題とする経営陣の使命であるなら、しょせん自分たちが有限で凡庸な人間であることをしっかり自覚して体制を整備することが望ましい。そのための社内規程は、文字列を入力するだけで正確か恒常的にルールを遵守して業務が遂行できるようなロボットのためではなく、なんだかんだ言ってもたいていは凡庸か無能で、面倒なことは嫌がり、そして仕事なんてやらなくて済むならそのほうがいいと思っているような、実は平均的で善良な一般人のために考えたり制作したり普及しなくてはいけない。これは、なにも「バカ専用」とか「凡人用」などと馬鹿にしているわけではない。なぜなら、社内規程を考案し制作し社内へ実装したり点検している僕ら自身も凡人だからだ。何も天空から skyhook よろしく社員を高みへ引っ張り上げる「神の知恵」を授けようというわけではない。
ということで、その凡庸な一人が社内規程のデザインを手掛けるにあたり、その参考にしているリソースはと言えば、上にご紹介する Shutterstock のような CGM サイトではなく、アマゾンや Barns and Noble のような小売のサイトである。理由は簡単で、実際に Shutterstock でカバー・デザインを検索すれば分かることだが、ものの10ページも眺めていたらウンザリするほどのワンパターンだからだ。こういう、テンプレートをデザイナーが販売しているに等しいサイトの場合、まず有能で有名なデザイナーはいない。結局、よさげなテンプレートのパターンを幾つか思いついたアマチュアが、同じパターンで異なるテイストのテンプレートを機械的かつ大量に投稿しているだけなので、みるみるうちに同じようなテイストのテンプレートで埋め尽くされるようになる。つまり、こういうサイトで文書や書籍のデザインを参考にするプロのデザイナーなんて実は(無能を除けば)殆どいないのだ。デザイナーにとって、文書の表紙のレイアウトやテイストや書体を考案するとき、最も重要なのは、やはり自分が手掛けようとする文書がどういうものなのかを理解することであろう。そして、そういうことはデザインのテンプレートをどれほど見たって絶対にわからないのである。文書の趣旨や主旨が正確に理解できてこそ、自分が考えるレイアウトなり、選択した書体なりが違和感を作らないかどうかの判断基準ができる。それなしに、ただ単に「よさげ」な色や背景の画像を漫然と選ぶなどというのは、まさしく素人のやることである。もちろん、素人が適当に画像を並べたデザインでもクライアントの評価を得ることはあるが、いくら平凡な感性の人々であっても、長く眺めていれば違和感を覚えるようになるものだ。そこを、他人の批判というよりも一般論として強力な説得力で示すことが、ビジネスの現場にいるデザイナーの役割であろう。