Scribble at 2023-05-02 09:59:12 Last modified: 2023-05-02 11:26:52

剃刀を研ぐ話についてまとめて記事を書こうとして、ここで二ヵ月ほどに渡って(BOCTOK-3 を手に入れてからの話)書いてきた落書きを読み返していると、幾つか混乱した記述がある。鋼が堅い金属であり、調理師が毎日のように研いでいるのは簡単に刃を修復できないからだと書いてる場合もあれば、鋼は意外に柔らかくて、刃先を慎重に研がないと切れ刃を作れないと書いている場合もある。しかし、これらは研いでいるものが包丁と剃刀で違っているし、包丁の刃と剃刀の切れ刃とでは、メンテナンスに要する力の入れ具合も研ぐ回数も異なるだろう。よって、これは鋼が堅いか柔らかいかの違いではなく、刃物の特定の部位をメンテナンスするために要する作業の力や時間といったコストの違いなのである。矛盾したことを言っているわけではない。

ただ、僕自身が SR を使った髭剃りや研ぐ作業について未熟であることは間違いないので、無知なところや勘違いも多いとは思うから、すぐに何か論説として訴えようというのはやめにした。というか、既にこれまでに書いてきた内容だけでも多くの剃刀マニアや研ぎ師の反感を買っている可能性はあろう。彼らのやっていることは切れ刃と無関係な刃先の内側を必死に高級砥石で削っているだけの大道芸にすぎないと言っているのだから。

それから、僕はせいぜい二ヵ月くらいしか剃刀を研いでいないけれど、研ぐ前から少し考えれば誰でも分かるようなことは幾らでもある。たとえば、1年やそこらで「切れ刃を作れるようになった」とか言いながら動画を公開したり研ぎ方の解説を販売までしてる人がいるけれど、そういうのはたいてい錯覚である。最初に手にした剃刀の出来栄えと、少しは練習して刃を修復したときの差があると、それが剃刀の切れ刃としてデタラメであろうと、髭を剃ることはとりあえずできる。僕が使ってる Gold Dollar 100 も、せいぜい一ヵ月ていどの経験しかない僕でも、ATG なら髭が剃れるようになったくらいだ。でも、こんなのは剃刀の刃としてまともなものではない。WTG だけでもひとまず髭を剃ったと言えるていどに剃れるのが商業的なレベルの剃刀としてあたりまえの品質であり、現代の剃刀の替刃はそういう品質でも10枚で数百円で販売されているのだ。

そもそも、剃刀の切れ刃というものは、工業製品としての替刃を製造している企業の研究者が具体的に説明しているところによれば、1㎛にも満たない切っ先の加工を経て、はじめて1枚が50円もしない商品として市場に送り出せるわけである。たかだか1年や10年の経験で、そういうレベルの刃を付けられる人間なんて、それこそ人間国宝級の才能がある人物くらいだろう。実際、有名な研ぎ師と言えども、現代の工業製品の替刃と同じだけの鋭い刃を作れる証拠などないわけで、いわんや YouTube で適当に包丁を削っているていどの人々に、そういう微細なスケールでの仕事ができる保証なんて何もないわけである。Razor Emporium の動画で Matt が剃刀を壊さないための十か条として説明しているように、剃刀の切れ刃というものは、パフォーマンスとして剃刀を弾いて音を出して見せるだけで、その振動で尖端の様子が変わってしまうほどデリケートにできている。皮肉な言い方だが、剃刀を長期間に渡って丁寧に愛蔵するなら、髭なんて剃ってはいけないのだ(もちろん革砥なんていう雑な造りの物体に当てるのも厳禁だ)。1㎛以下のスケールで成立している刃の様子、つまり金属としての物理的な構造や化学的な状態を、そもそも最初から作るということ自体が、高度な技術や安定した作業環境を必要としている。理容師の GORO さんがまったく正しく力説しているように、姿勢や体調や力の入れ具合などが毎日のように変わる人の身体を使ってやる作業だという前提を説明しないで、やれ京都の高級砥石に20回当てるだの何のと言ってみたところで、それは単なるパフォーマンスでしかなく、金属を研ぐという目的においては非常に些末なポイントしか語っていないわけである。そらそうだろう。彼らはそれで食っているのだから、本当に大切なことなんて研ぎ師が説明するわけがないのである(あるいは本当に分かっていないかのどちらかだ)。

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