Scribble at 2025-12-29 15:17:04 Last modified: 2025-12-30 00:15:09
来年は、再び復習としてマネジメントや経営管理の勉強をしようと思う。既に100冊近くの本は読んできて、幾つかのアイデアは社内で提案したり実行に移してきたのだが、やはりマネジメントや管理業務というものは相手があることなので、なかなか難しいものである。
さて、そういうマネジメントの著作として、もちろんドラッカーは有名だし、いっときは野球部のマネージャがどうしたという本が馬鹿みたいに売れていたこともある。でも、結局は大半の企業が何にも変わらなかったし、たいていの管理職サラリーマンは何にも変わっていない。それはなぜなのか。
簡単に言えば、またいつもの話になってしまうのだが、やるべき(と決めた)ことを即座にやっていないからである。話は非常に単純だが、これができる人は実のところ多くない。マネジメントとは、要するに組織のメンバーにどう仕事をしてもらうかという話なのだが、凡庸な管理職の多くは、その「メンバー」に自分自身を数えていない。したがって、ドラッカーの本を読もうと何を読もうと、組織がどうあるべきか、そのために自分が何をすればいいかを考えたり、あるいは他人とお喋りしたところで、それを行動に移さないからこそ、組織は何にも変わらないのだ。高みから見下ろして会社の様子を見物しているか、あるいは他人を自由にコントロールしているかのごとき態度で、自分だけが何も変わらずにいて、やれドラッカーだ、ポーターだと理屈を言うだけで他人が動くというなら、管理職なんて中学生でもできる(そして重大な問題は、たとえ組織が経営者の思ったとおりに動いたとしても、商売が儲かるとは限らないのである)。
したがって、出版社もそれを知っているからこそ、『プレジデント』なり『東洋経済』などは数年おきに同じ話を繰り返して、やれ徳川家康に学ぶ組織経営だの、豊臣秀吉に学ぶ人材育成だのと、愚にもつかない話を繰り返す。同じ話を繰り返しても、決して読者は参考にしたり試してみようなどとしないからだ。とりわけ歴史上の出来事をトレースするだけなら馬鹿でも記事が書けるし、元考古学少年として言わせてもらえば、史実を真似たところで無意味であることは、有能なら学部生でも理解している歴史学の基本だ。実行しないという点では平凡な読者と同じだが、その理由はまるで違うのである。
そして、色々な人が色々なマネジメントの記事や本を書いて書店の棚を毎年のように埋めていくわけだが、それらが何万部売れても大半の人々は読み流すだけだ。その中の1割が自分のこととして何かを考えようと、実際に行動へ移す人は、そのまた更に1割すらいないわけである。
何年か前に、星野リゾートの社長が書いた本があって、経営学の古典的な本を何冊か紹介するというものだった。そして、彼が言うには、彼の経営の基本は「経営の基本」とされることを実際に学んで色々と試してみることであって、要するに彼は学んだことを実地で試してきたのである。逆に言えば、いかに多くの経営者や管理職が学んだことを活かしていないかということなのだ。