Scribble at 2022-03-30 10:34:18 Last modified: 2022-04-01 15:38:58

書店で色々な棚を眺めると、想像したよりも数多くの出版物が「人新世」という言葉を使っている。もちろん、これは正式な学術用語でもなんでもないし、こういうコンセプトを提案すること自体に批判的な研究者もいる(もちろん僕も含めて)。

先日の投稿で言及した「人新世」については、いま東アジアの文化僻地で売れてる通俗的な新書なんてどうでもいいわけで、そもそも概念としての傲慢さとか、あるいは技術的特異点(シンギュラリティ)に似た、自意識過剰な新宗教っぽい浅薄さに不愉快を感じる。

僕は、人類なんてこれからも永続するような「国家」なり「社会」なりをもつ生物種ではないと思っているし、標準的な宇宙のモデル(の一つ)を支持する限り、必ず宇宙とともに人類の歴史は終わる。場合によっては3年前から世界規模で流行しているウイルス感染が致死率の非常に高い疾病をもたらし、人類の殆どが死んでいた可能性だってあるのだ。その場合、どれほど医療関係者など専門家が率先して防御する手立てを即座にとれたとしても、社会というものはウイルス感染のプロだけが生き残ってもしょうがないし、生物種というものは僅かな個体だけが生き残っても存続は無理である。医療従事者やリスク対策のプロだけが生き残った世界で、いったい誰が送電線や発電施設の運転・管理や整備を行うのか。誰が食べ物を作って運ぶのか。

よく、「ミトコンドリア・イブ」という仮説を素人が誤解して、あたかも1体の女性の個体から全ての現代人が子孫として生まれたかのようなことを言う人がいて、僅かでも人がいれば種が存続すると錯覚するようだ。しかし、それはただの(程度の低い)SF や漫画のプロットでしかない。ミトコンドリア DNA は女系でしか遺伝しないため、「イブ」と同じ時期に同等の形質をもつ個体が1,000人いたとしても、彼女らが男しか生まなければ、そこでミトコンドリア DNA の系統は途絶えてしまう。「イブ」は、単に女系として遡れた、或る意味ではラッキーな個体でしかない。他にも女系(つまり生んだ子供に必ず女が一人はいて、その女からも必ず一人は女が生まれるという)がありえたという意味では、イブという個体が同時期の他の個体と比べて特別な何か(超能力とか、後世の子孫に何か伝えるべき神秘的なメッセージとか・・・)をもっていたわけではないのだ。

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