Scribble at 2026-02-01 08:03:03 Last modified: unmodified

もうこれもイタチごっこの部類になるのだろうけど、僕はいわゆる "awesome books" みたいな推薦図書のリストを掲げるブログ記事とかウェブ・ページというものを、もちろん僕の方がたいていは見識も技術も経験もあるので簡単には信用しないし評価もしないのだけれど、ここ最近は更にそういう文章を信用しないようになっている。

もちろん、理由は生成 AI である。この手のブログ記事やリストを作ってくれとチャッピーに命じるだけで、ものの数秒でリストが、しかも一定の長さで書かれたレビューもつけて完成してしまう。しかも、これをプログラミングどころか自宅にパソコンすらない小学生でもブログ記事として公開できてしまうからだ。つまり、このようなオンライン・リソースの「汚染」は、いま敢えて二つのステップに分けて説明したように、生成 AI だけが原因なのではなく、ウェブというメディアがオープンであり decentralized であることも原因であるという自覚が必要だ。僕らがこれまでに享受してきた「フリー」だの「シェア」だのという言葉で支持されたり普及してきた情報アーキテクチャの特性そのものが、こういう事態を用意したのだし、サポートしているのだ。

自宅のパソコンで「良さげな本」のリストを AI に教えてもらうだけなら、その回答あるいは回答から作成したブログ記事が公に出回ることはないのだから、僕らに「汚染」だゴミだと言われることもない。でも、生成 AI はそういうゴミも含めたウェブのリソースを大量にトレーニングして作られているのだから、ゴミも含めて人々が自由にオンラインで文章を公表できる仕組みがなければ、そもそも現在の生成 AI がもつ圧倒的な情報量のベースはなかったであろう。たかが百科事典を一揃い買ってきて電子化したデータを AI で訓練したところで、これだけのパフォーマンスは出せなかったわけである(何度も書いているが、生成 AI は何も無から有を生成しているわけではない)。

したがって、さきほど Hacker News でこういうページを見つけたのだが、

https://github.com/Junnplus/awesome-python-books

ここに掲載されている書籍を、このリストを作った人物が全て読んだうえで推薦しているのかどうかは全くわからない。せめて一冊ずつコメントでも書かれていればともかく、こんな機械的な、それこそ AI が数秒で作るようなリストに、もはや人間としての我々が何かを学ぶべき理由など無いのである。それどころか、こんな根拠のないリストが(たとえ当人が全て読んだとしても)続々とオンラインで現れて、生成 AI の RAG という「おやつ」になってしまうと、それこそ根拠のない推薦リストだけで生成 AI が強化されて、エコーチェインバーとなってしまうだろう。

だが、もちろん書評が書かれているからといって、その書評ですら冒頭に述べたとおり小学生で適当にブラウザでチャッピーに依頼して書けてしまうようなものでしかない。その小学生が生成 AI へ色々な「カスタム指示」を設定していれば、読んでいる記事やページが生成 AI の文章なのか、それとも人が自分の手でタイプした文章なのかを見分けることはきわめて難しくなる。極端なことを言えば、いまこうしてあなたが読んでいる文章ですら、僕が生成 AI に僕の文体や議論の流れを教えて生成したテキスト・データにすぎないかもしれないのだ。

確かに、リバタリアンのように「それでもいいのだ」という人もいるだろう。しょせん、人類なんて自分が生きているあいだは滅亡しないだろうから、面白おかしく好き勝手に生きていられれば良いというのが、いろいろなインチキ経済学や未熟な「思想」を語っていようとリバタリアンの本質だからだ。でも、ああした破滅主義、バンザイ突撃フェチ、そして僕に言わせれば極め付きのセンチメンタリスト(無軌道な自由によって自滅する社会や人類の様子を「わび・さび」として尊ぶ)の言うことなどに耳を貸す必要はない。何を言っていようと、しょせんリバタリアンの議論は「梯子外し」にすぎず、彼らは他人の既得権益を破壊した後に自分たちの既得権益を得た上で、自分たちが成功を収めた条件でもあったルートを自由の名において破壊し、人々に弱肉強食の世界を押し付ける「自由を強要するファシスト」に他ならないからだ。「学歴に意味はない」などと豪語している人間に限って東大卒だったり、「クラウド・ワーカーとしてノマドの生き方がこれからの働き方だ」と言っているやつに限って、都内のマンションをキャッシュで買って住んでる人材派遣会社の役員だったりするのである。

こういうわけで、生成 AI を利用するのであろうと、自分で選択肢を探してから自分の基準で選ぶというのが、人間としてまともなスタンスということになる。そこで基準を考えるのに生成 AI を利用してもいい。それどころか、自分の目的や動機として「自発的」だと思っているものが本当に妥当なものなのかを生成 AI でチェックしてもいいくらいだ。

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