Scribble at 2019-12-08 12:36:21 Last modified: 2022-09-29 15:49:00
フランスの北部、ちょうどフランスとイギリスを結ぶ「ユーロ・トンネル」というドーバー海峡の海底トンネルを出たフランス側の出入り口付近に、カレー(Calais)という区域がある(フランスのパ=ド=カレーという県の町だが、同じ名前を含んでいても県庁所在地ではない)。古くからイングランドとフランスの戦場となったり、第二次大戦時は「ダンケルクの戦い」の舞台にもなった町だ。1995年頃からイギリスへ渡ろうとする不法移民が住み着いて1999年には赤十字の施設が作られたが、三年後には施設が閉鎖されている。その跡地には1,000人に満たない不法移民が増減を繰り返しながら滞在していた時期もあり、2015年になると不衛生や治安を理由としてフランスの各地へ不法移民を分散させる政策が実施され、暴動も起きている。その後、不法移民は急速に増加して2016年には最も数の多い調査では10,000人を超える人がいるとされた。そして2016年の10月に「カレーのジャングル(Jungle de Calais)」と呼ばれた区域は警察によって閉鎖され、不法移民はフランス中の色々な場所へ移住したり、アメリカやイギリスへ渡ったり、あるいは再びカレーへ戻ってきたりしているという。日本のメディアが独自に取材した記事としてはわずかしか報道されなかった話題だが(翻訳された記事はいくつかある)、移民たちと向き合っていた当事者であるイギリスとフランスでは頻繁に報道されており、イギリスの the University of Essex で社会学を教える Linsey McGoey(リンゼイ・マクギー)は、"The Unknowers: How Strategic Ignorance Rules the World" (Economic Controversies, Zed Books, 2019) という本の冒頭でカレーのジャングルを引き合いに出して、上記のように述べている。
日本でも往々にしてあることだが、官僚や役人というものは違法な状態の管理責任を問われそうな不都合な事案においては、保身を第一原理としているためか、物事を可能な限り都合のいいように過大評価したり過小評価しようとする。もちろん日本に限らず政府や政治家に自立した調査機関やチームなどないため、彼らはイデオロギーにかかわりなく役人の提出した紙きれで政策や質問を提出しようとするだろう。そして、その不備や違法性を問われると、政治家は官僚の責任にして、官僚は《たまたま》既に外郭団体へ転職したり、《都合よく》亡くなっていたり、あるいは《不幸にも》記憶をなくしていたり、それから最近では《残念ながら》記録が廃棄されているため、不十分な調査や甘い見積もりの責任を取りようがないか、その証拠もないというわけである。なお、マクギーは、これを「戦略的な無知(strategic ignorance)」と呼んでいる。もともと、経済学には "rational ignorance" という言葉があるし、社会学にもウルリッヒ・ベックの "strategic unknowns" という言葉があるので、わざわざ違う表現を使っているのだからニュアンスは異なるのだろう。