Scribble at 2020-06-14 00:51:06 Last modified: 2020-06-14 00:58:16

6月13日、つまり日本では既に昨日の日付だが、アメリカでは #ExposeBillGates というハッシュタグで、ビル・ゲイツとゲイツ&メリンダ財団を非難する投稿が相次いでいる。要点としては、疫学・医学の専門家でもなんでもないゲイツの指揮の下で WHO や医療業界にあれこれとアプローチをかけて、ゲイツ&メリンダ財団は一儲けを企んでいるということである。かなり単純な話で、はっきり言うと支持する気にはぜんぜんなれない。

幾つか理由はあるが、ゲイツが今年の4月にトレヴァー・ノアのインタビューで答えているように、感染がもっと容易で致死率が高いウイルスだったら、どうするのかという点について、私的なシンクタンクや組織の方がベンチャーとしてできることは速い。政策なり行政手続きなり医療のスキームなり予算の割り当てなり薬の提案を許可するのは、どのみち国なのであるから、別にゲイツ・メリンダ財団が勝手に COVID-19 の検査薬や治療薬やワクチンを販売するわけではない。確かに、仮に彼らの提案が通ると彼らには巨大な利益が舞い込むわけで、更に医療行政などに対する発言力が増すことだろう。そして、それについて「彼らの活動に敬意は表しつつも、やはり彼ら選挙で選ばれてもいない人々に権力が集まるのは良くない」という話もある。それはそうだろう。しかし、今回の #ExposeBillGates という吹き上がりは、Windows で儲けて、Office で儲けて、そして XBOX で儲けて・・・という連鎖の一環として見ているだけであり、短絡的と言うほかはない。

まじめな話として、たまたま今回の COVID-19 による日本の公衆衛生上の被害は、リバタリアンや新自由主義者どもが結果論だけで「だから最初から好き勝手にさせておけば『経済は回った』ものを」などとせせら笑うていどの結果に終わっているが、感染率が非常に高く、潜伏期間がもっと長くて、致死率が著しく高い病気のウイルスだったらどうしたのか。未だ症状が出ていないだけの感染者と数十秒ほど言葉を交わすだけで感染し、潜伏期間が一か月ほどあって、しかも致死率が 25% くらいだったら。初めてのタイプの感染症であれば、できる限り悪い条件を想定して事前に最善の手を打つのが、社会を防衛するまともな手立てというものであろう。そして、こういう状況なら行政や学会だけに頼っていてはいけないという場合もあろう。それこそ、医療政策にかかわる法律を変えようというときに、野党が国会で牛歩戦術していたら、みんな死んでしまうかもしれないからだ。

しばしば、「民主主義にはコストがかかる」という話が出てくる。これはもちろん費用とか人的リソースあるいは時間もかかるという意味である。そして、このようなフレーズを振り回す社会科学の大半が、「だから時間がかかるのは仕方ない」、「それゆえ費用がかかるのは当然だ」と、これまた短絡的な議論をするようになっている。こうした、一種の無駄とか慎重さが必要な場合も確かにあろう。しかし、このようなことは押しなべて simpliciter(無条件)に主張していいことではないのである。もうそろそろ、簡単な if-then 式でもいいが、可能な限り exhaustive / comprehensive な条件の集合を想定して、条件ごとに妥当な選択肢を掲げて議論するという習慣が、せめて社会科学の学者というレベルでもいいから根付かないものだろうか。

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