Scribble at 2024-03-27 15:57:02 Last modified: unmodified
日本の国家官僚が社会主義者というか左翼が好きなのは、なんだかんだ言っても或る意味では「伝統」だよ。最近は「デザイン思考」なんてカッコつけて言ってるけど、要するに貴族主義者が大義を振りかざして国家を統制するという発想は、律令時代からやってきたことなわけで、いま放送されている(やや昼ドラの感がある)大河ドラマを見れば分かる。スメラミコトは既に8世紀頃から(良い悪いはともかく)単なるお飾りになってるわけで、国家官僚が政治を動かしてるという構図は1000年以上も変わっていない。
国家官僚は、選挙で選ばれた利権まみれの代議士でもなければ天皇のようなお飾りの国家元首でもない自分たちが国政の実権を握るというコンセプトを千年来の使命としているので、国家社会主義という同じような発想であれば、再エネ左翼であろうと三浦なにがしのようなネトウヨであろうと躊躇せずに共闘する。そのフレキシビリティが、掴みどころの無さという強みになって、敢えて言えば法律によって捕まえにくくなっている所以だ。そして更に、その法律の解釈を自分たちで勝手に押し付けていたりするのだから、なかなか手ごわい。