Scribble at 2024-08-02 11:04:34 Last modified: 2024-08-04 10:24:48

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わたしは、「人」でよいときはそのようにし、性別をしめしたいならば「男の人」 「女の人」という表現をすればよいとおもう。 (たとえば「初老男性」とかいていたところが「初老の男の人」となるので字数がふえてしまうが、もししめしたい属性が「初老」であって性別はどうでもよいならば「初老の人」でよい。)

「男性」「女性」で人 (個人) をさすのをやめてほしい

まず読んでいて、なるほどそうだなと思う。「本日の朝6時に、大阪府どこそこ市の国道何号線で車が歩行者を跳ねる事故があり、男性一人が収容された病院で死亡しました」などと報道している事例を見かけるが、亡くなったのは男性という性別やジェンダーではなく一人の人間である。そして、上の引用では「男の人」と言っているが、それもまた不適切である可能性があろう。なぜなら、携帯品や外見から「男の人」と言っているだけにすぎず、LGBTQ+ の人物である可能性もあるからだ。そもそも、性別を公表することで個人を特定できるわけでもないし、性別が事件の重大な内容でもないのだから、亡くなったのがどういう人物であるのかを「男性」とか「男の人」などと言う必要がそもそもないであろう。

上の記事では、報道によって被害者なり被告人なり、特定の人物について氏名を表記することができないがために、個人を特定しないギリギリの色々な属性を表記する傾向があるような説明をしているが、僕はこれはジャーナリズムの原則論でもなければ公正かつ客観的な報道の態度でもないと思う。僕には、というか哲学者として言わせてもらえば、こういう意味でのジャーナリストの「表現の工夫」とやらは、単なる見物人根性を美化したり免罪するための bullshit にしか思えない。

この理屈を更に展開すると、僕は原則として被告人だろうと被害者だろうと匿名で報道するべきだと思う。実名を明らかにすることで一定の社会的な制裁を加えることが公の道理として通用する政治家や企業経営者や行政職員や芸能人については、実名で報道しても構わないと思うが、それ以外の一般人については実名どころか性別や年齢を報じる必要もないと思う。

こういう主張に対してインチキな保守の人々が即座に加える反論として、たとえば重大犯罪を犯した者や、刑罰による更生の可能性がないと思われるヤクザやチンピラが実名で報道されないと、出所してきても誰が危険なのか社会が防衛できないではないかという理屈がある。そこまで前科のある人を差別する意欲に溢れているというのも、暇な人は気楽でいいなと思うのだが、しかし日本版 DBS の話題でも分かるように、少なくとも「誰が危険なのか」は誰かが知っておかないと困ると思う人はいるだろう。日本版 DBS なら、教育機関は少なくとも誰が未成年に性暴力をふるった前科者なのかを知っているというわけである。そして、その延長の話として、たとえば検索するだけで前科があるかどうか分かれば、人を採用するときも調査が楽になるという事実はある。いまでも、多くの大企業では元公安の人材などが経営している反社チェックのデータベースや、新聞記事などを元に前科者のデータベースを運用しているサービスなどを利用しているが、それなりのコストや手間はかかるので、人名を単に報道記事について検索するだけで出てくれば楽であろう(同姓同名に注意する必要があるし、用心深い人物ならアルバイトていどの仕事の応募には偽名を使うこともある)。だが、そういう事情があるとしても、前科というのは要配慮情報であって、自ら開示する必要がない限りはプライバシーに相当する事実であって、他人が勝手に公表していいものではない。

もちろん、再犯率は5割ていどだが、現実にはみなさんが勤めている大多数の一般的な会社に、前科のある人が応募してくる可能性は殆ど無い。というか、そもそも君たちがいま一緒に働いている同僚や上司にしたって、これから女子高生の下着を盗撮しただの、会社の金を何億円も横領していただの、下請けに過剰な金額を請求させてキックバックさせていただのという事情で捕まる可能性だってあるわけだよ。どれほど無知無教養な右翼やネトウヨやインチキ保守どもが純粋日本人だの大和撫子だの節度だ伝統だ品格だとたわごとを言い続けていようと、日本で起きている犯罪の 95% は、その純粋日本人さまが起こしているのだ。そして、人類史スケールの真の保守であるわれわれから言えば、そんなことはあらゆる国において同じなのである。

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