Scribble at 2024-01-15 16:14:46 Last modified: unmodified
ちょっと今回は気軽に書いてるんだけど、昨年の暮れにジュンク堂で哲学の棚を見ていときに、確か黒崎宏さんも仏教の本を書いたりしてたのを認めたんだよね。これ、プロパーというか知識社会学の人でもいいけど、なんで分析哲学のプロパーはジジイになると仏教に凝り始めるのかっていうのは、本当に真面目に一つのテーマになるんじゃなかろうか。科学哲学では、あまり例を知らないので(村上さんがクリスチャンなのはよく知られているし、個人的にも竹尾先生や森先生が仏教の話なんてしてるのは一度も聞いたことがない)、これは特に分析哲学の研究者に特有のことではないか。
ああ、あとハイデガーのプロパーも、例の妙な翻訳で知られているように禅のファンはたくさんいそうだし、実際にハイデガーやフッセルやヘーゲルと仏教のことを書いてる人もいるわけだけど、まぁ思想史の脈絡で考えたら、そろそろ分析哲学と現象学って片親が同じ half-siblings みたいなものだと考えてる人も増えつつあるわけだしね。