Scribble at 2024-07-09 13:17:09 Last modified: unmodified
女性が「教室は英語を学ぶためのものだ」などとたしなめると、授業に低評価を付ける生徒もいたという。
こういう話題は産経新聞や読売新聞のような、不誠実なインチキ愛国者のメディアは取り上げないから、代わりに哲学者が真の保守として取り上げておこう。こういう愚劣な連中を気楽に生活させないよう、風習とか会話の仕方とかマス・メディアなどで多様なアプローチを利用して説き伏せたり牽制するのが、結局は日本で暮らしている人たちどうしでも無用な軋轢を生じないための知恵というものである。対外的に外国人から嫌われるのが困るといった、セコい視野でものを考えてはいけない。デザインと同じで、universal に当てはめるべき人としての原理原則というものは、相手がオンライン英会話の講師であろうと、自社の女性社員であろうと、あるいは自分自身の連れ合いや娘であろうと、結局は変わらないのだ。
ということなので、本日はたまたま英会話学校なんてものは不要であるという話を加えて、当サイトの論説を更新したばかりだったのだが、補足として上のような記事を取り上げておいた。こういう、そもそもオンラインであろうとなかろうと、英語を学ぶつもりもなければ、会話するつもりすらないクズみたいなやつは、「日本」なんていうセコいスケールじゃなくて、人としての恥だと積極的に事例を公開してゆくことが望ましいだろう。