2018年12月17日に初出の投稿

Last modified: 2018-12-17

さて本日から privacy や net neutrality をテーマとするサイトを作るのだが、リソースとして想定しているサイトを選ぶ方針の一つに、「paywall のサイトは除外する」というものがある。paywall には月額課金などで読める hard と、一定以上の記事を読むなら課金するという soft があり、前者は Financial Times、後者は New York Times などだ。

建前としては、或るテーマについて報道したり論じている「全てのリソース」を参照することが望ましいが、これは学術研究ですら困難な目標だ。たとえば、仮に無償で手に入る資料があったとしても、仏教学を専攻する全ての研究者がサンスクリット語を読めるわけではないし、哲学の大学教員でラテン語を読み書きできる人など(残念ながら僕も含めて)半分もいないだろう。プライバシー法制を研究しているアメリカの学者で、日本の個人保護法制を研究するために日本語を勉強しようとする人など、将来も出てこないと思う。しかし、だからといってこれらの研究者が哲学やプライバシー法制を議論する資格がないと考える人など、これも殆どいない筈だ。

paywall を除外する理由として、そして個人として研究する場合に最も切実な制約として考えられるのが、要するにお金だ。社会情勢を研究したいと思って国内の新聞社のオンラインサービスを全て契約するとか、あるいは単純に全国紙を全て購読するといったことだけでも、もちろん何ほどかのお金がかかる。そして、それを捻出しない者に社会を語る資格がないなどと言い出せば、いったい誰になら資格があるのかという話になろう。そして、そういうことを資格として口先だけで要求している人物こそ、常識的な大人の判断によれば単なる変わり者、あるいは偏執症と見做される。若い頃に「青い鳥症候群」とか「(皮肉を込めて)実在論」と呼んでいたこともあるように、理想として条件を語るにはいいが、条件を満たせなければ重大な欠陥があるかのような強迫観念だけで学問の成果は上げられるものではない。それは、たいていの場合に無能の言い訳にすぎない。

もちろん、無料で手に入る情報だけで十分だと言うつもりもない。手に入れられる範囲の情報でしか判断しないというのは、それなりに危険でもあると弁えることが大切だ。そして、寧ろ有料の会員制サイトの情報だけを目にしているような人々が、社会的に影響のあることがらを勝手に決めたり、断定して公言するといったことも多々あるので、そのようなリソースが「ある」という事実は知っておかなくてはいけない。

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