Scribble at 2025-10-17 22:17:06 Last modified: 2025-10-18 18:13:10

『問いからはじめる社会福祉学』(圷、金子、室田/著、有斐閣ストゥディア、有斐閣、2016)には、引用されている馬鹿げた「市民」の定義だけではなく、著者ら自身についても言いたいことが幾つもある。なので、一読した感想としては、僕は本書を社会福祉学のテキストとして勧めない。

たとえば、社会福祉学の事典が三種類ほどあって、それらの目次が巻末に付録として掲載されているというのだが、それがいったい何なのか。著者らが述べているのは、時代とともにテーマなどが増えたり、重要とされる事項が変わっているといった凡庸な感想だけであり、そもそも「社会福祉学とは何なのか」という導入部分の叙述として殆ど役に立っていない。しかも、他にどういう変化があるでしょうかなどと演習問題の扱いで読み手に具体的な考察を放り投げてしまっている。これでは self-contained どころか自律的なテキストとは言えず(もちろん定義に「正解」などあるはずもないのはわかっているが)、大学に授業料を払って著者らの講義を履修しない限り、独りよがりな理解のままで社会福祉学を学んでしまう人が出てくるだろう。

その次には、日本の社会福祉学を支えた人物の定義した「社会福祉」について訓詁学をやり始める。しかも、当人の定義を一文字も引用せずに、その定義はこうだああだと感想だけを並べ立てて議論しているつもりになっている。かつて、僕は岩波新書の『ベルクソン』について、冒頭からプロパーにしか脈絡の分からない説明を書いている著者と、それを放置した編集者に対して、「スノッブの落書き」であるとアマゾンのカスタマー・レビューで批判したことがあるけれど、本書にも同じような感想をもっている。こんなことを冒頭で議論している本は、教科書でも概説書でも一般向けの本でもなく、せいぜい社会福祉学の学界事情に通じた博士課程の学生がニヤけながら読むような書物である(まぁ、最近は特に圏論などで、この手の高等遊民向けの本が続々と出ているので、都内の出版社に勤める編集者の質の低下ゆえの文化的な地盤沈下という一般論として考えると、事情は分からなくもないのだが)。その人物の定義を出発点にして社会福祉を語りたいのであれば、せめて正確に当人の文言を引用することから始めるのが、スタンダートな叙述というものであろう。

もっとも、僕はそんなアプローチで学術研究分野を定義するのは不適切だと思う。そういう叙述の仕方は、ちょうど知識社会学者が「社会福祉学という学界」を対象として研究した成果を解説するときのアプローチであり、初学者にそういう社会学的な(あるいは社会構成主義のような)定義を与えても、他の同時期の研究者や歴史的な経緯を知らない人々は混乱するか、あるいは信頼してよい出発点なのかどうか判断できないと思ってしまうだけである。科学哲学に置き換えるなら、たとえば大森荘蔵氏の密画 vs. 略画だとか村上陽一郎氏の何が言いたいのか良くわからない印象批評みたいな議論の、そのまた感想を並べるだけで、科学哲学を定義するような教科書を書いているのと同じなのである。ふつう、そのような又聞きと言ってもいいような仕方で定義したり解説しても、それは著者らがテーマを十分に理解したり自らの知識の基盤として身につけていないという状況を露呈するだけであろう。

ということで、こういう、アニメ批評の言い方を真似るなら時間稼ぎと言っても良い無駄な内容が続いて、いっこうに「社会福祉(学)」とは何かという問いにストレートな答えが与えられない。もちろん、本書を一読することで手掛かりが掴めるというのが本来の筋書きなのだろうとは思うが、それは具体的なテーマの広がりだとか様々な(一般人は知らない)論点だとか、初心者が陥りがちな誤解だとかを手ほどきしてもらったうえで、それなりに包括的で詳細な理解に至るというのが本来の姿であり、そのための試金石として冒頭に掲げる簡略な定義を省いたり、あるいはグズグズと余計なことを書き並べるだけで一向に示そうとしないのは、どう考えても「あんたら、社会福祉学を本当にわかってて書いてるの? もしかして名前貸しか小遣い稼ぎの部外者なんじゃない?」という印象を読者に与えるだけである。

「有斐閣ストゥディア」には良書が多いという印象があって、実際に10冊ほど手元に置いてあるし、もちろん岸くんらが書いた質的社会調査のタイトルも所持しているのだが、かつて Twitter で酒井さん(ニクラス・ルーマンでお馴染みの)が言っていたように、タイトルごとの出来不出来があるのだろう。なるほど、あらゆる叢書がそうだと思うが、いわゆる「ハズレ」のないシリーズというのは極めて珍しいのだ。そう言われてみれば、他にも勁草書房のプロブレーマタにしても、三人の哲学者がどうとか有名でもなければ古典的な著作でもない、馬鹿げた本も翻訳されていたし、必ずしも信頼しているシリーズだからといって良書ばかり含まれているとは限らない。

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