Scribble at 2026-09-15 08:01:17 Last modified: 2026-09-15 08:12:32
このところ、アニメに始まるようだが「聖地」と称して作品の舞台や関係先を取材したり撮影するという、かなり危うい行為が流行っている。もちろん、Google Street View でも問題となったように、番組の取材であろうと個人のプライベートな理由であろうと、他人の姿や住居を撮影するどころかソーシャル・メディアに公開することは、場合によっては肖像権やプライバシーの侵害である。アニメや小説について、何かを知ってるとか経験したとか、そんなオタクのマウンティングの野心だけで何事も特権のように許されるわけではない。これは、他にも鉄道写真のマニアが撮影のためなら住居や鉄道会社の敷地に不法侵入しても許さると思っているような錯覚と同じだし、もっと言えば往来でジョギングする人間が歩行者に道を譲らせるのが当然であるかの態度をとるランナーズ・ハイにも通じる、或る種の錯乱だ。なので、僕はこの手の「取材」と称する映像報道には、やや違和感をもっている。
たとえば、この記事では「(山中真解説委員)『名作「白夜行」も大江小学校という名前で、すぐ近くの神社と出てきますよね?』」という発言がある。これは、『白夜行』の787ページ(「笹垣が菊池文彦と出会ったのは、大江小学校のそばにある神社の前だった」という箇所)のことだろう。でも、この情景はストーリーに殆ど関係がない。なので、特に東野圭吾ファンも気にしていないのは当然だし、インタビューしている神社の宮司もさほど関心がないといった薄い受け答えをしている(笑)。そりゃそうだろう。小説にたった一か所、作品の中で特に意味があって書かれているわけでもないのに、それで神社が脚光を浴びたり、何かを調べる価値が出てくるわけでもない。これこそ絵に描いたような「針小棒大」というものだ。
また、いか焼き屋にしても、作品ではどう考えても近鉄奈良線の北側に想定されているのに、角から5軒目などという筋書きと無関係なことだけで騒ぎたてるのは笑止と言う他にない。小学校や中学校についても、東野圭吾氏は生野区の小路に生まれ育ったらしいから、校区から言えば小路小学校などへ通ったのは当然であろうが、『白夜行』の舞台は近鉄奈良線よりも北側の東成区が想定されていて、雪穂や亮司が通ったとされる「大江小学校」も校区が違う。このように、作品の舞台として想定されていることと東野圭吾という個人が生まれ育った環境とをごちゃごちゃにして扱うのは、どこまでが作品にとって重要なのかという点を無視している。単に、MBS が大阪のテレビ局であり、大阪出身の有名な作家の訃報に関連してネタを集めたというだけのことでしかない。
もちろん、何かの熱烈なファンというものが、作者や作品に少しでも関連がありそうというだけで何でも集めたり知りたがるものだということは分かる。しかし、そんなことをいちいち報道してもしょうがないし、そこまでの熱意もないくせに中途半端な好奇心だけで取材するというのもまた、日本の報道関係者の質が(もともとだが)低い実情を表しているように思える。