Scribble at 2025-04-06 18:59:46 Last modified: 2025-04-08 06:37:27
日本でもホーム・スクールのような子育てを選択する家庭が出てくるだろうなとは思うので、義務教育だろうと中学なんて行かねーぜっていう子供が出てきて、親もそれを支持するという家庭があってもおかしくない。そして、そういう「自由」を謳歌しているかのような家庭に、なかばやっかみやら杞憂やら老婆心やらで色々な批判が出てくることも想定できる。他の家庭の親にしてみたら、こういう事例が増えると、単純に自分の子供が勉強しなくなる言い訳として、こういう事例が使われるのを心配するのは当然だろうと思う。(あるいは、これまでこの国では子供に自由やチャンスを与える親を闇雲に称賛するテレビ・ドラマなど、長い年月に渡る国家規模のエコー・チェインバーも機能しているわけだし。これもアメリカの猿真似だろうが、アメリカで親が子供の好きにさせている事例の大半は、そもそも大半がネグレクトなのだ。あるいは子供にリスクを教えるための危険でもありえるコミットメントなのであって、日本の漫画やドラマで描かれる「子供に理解のある親」みたいな虚像とは全く違う方針の子育てなのだ)。
もちろん、こういうことは他人様の人生でもあるし、僕がとやかく言うのはおこがましい。そして、別に止めたほうがいいとも思わないし、そもそも子供が中学へ行かずに YouTuber で食っていくだけでなく、親だってクラウド・ワーカーとして田舎に行くのを喜んでるわけでしょ。もうこの家庭の中で誰も一旦停止させたり熟慮を促す人はいないわけだから(そして彼ら親の両親ですら、生きてるかどうかは知らないけど、彼らを止められなかったわけで)、この手のコミットメントを禁じたり止める手段はないんだよ。そして、「義務教育」だからといって行政が子供を中学校へ行かせようとすることもまた、無駄な労力だと思うし。この事例でも言えることだけど、親の方が中学教師よりも遥かに高学歴なわけで、親が不安を覚えるのは仕方のないことだ。
ただ、言っておくが、僕は昨今の若者に理解のある「いいおじいちゃん」のつもりはない。なぜなら、東大だろうとしょせんは学卒の小僧がクラウド・ワーカーで田舎暮らしなんていう、絵に描いたようなロハス生活が成功するとは思えないからだ。
彼らのガキにしたって、ゲームの中継なんていう、もう HIKAKIN も殆どやってないような芸を今からやってもしょうがないわけだよ(もう5年前の時点ですら、ゲームの中継なんて上位の配信者でも同時接続数が1,000人もいないわけで、いまだにゲーム中継が流行してるなんて言ってるのは、それで食ってる業界関係者だけだろう。既に広告代理店は YouTuber や VTuber の発信力なんて見限り出してるわけだよ)。いや、成功するに越したことはないから、失敗しろとは思ってないし、失敗したら笑ってやろうなどとも思わない。でも、しょせんゲームなんてどんだけやっても底はしれてるし、なんだかんだ言っても人に与える影響なんていくらもないわけだよ。どれだけ「光のおとうさん」だのなんのと美談を宣伝しても、そんなの珍しいから映画とかになるわけで、どこにでもあるはずがないし、繰り返したりもしない。なので、そういうのをきっかけに同じことを求めても、それは絶対に起こらないし起こせないのである。
ただ、一つだけ気になるのは、大企業を辞めて長野でロハスとか、そういう事例は後を絶たないわけだ。そういう流行が始まってから10年くらいは経過しているはずで、この先も一つのトレンドとして続くとすれば、そういう人々の何割が生活の立ち行かない状況となって、実家に頼って食い繋いだり都市圏に戻って自力で生活できるならともかく、サラリーマン時代の退職金を使い果たして行政なり福祉のお荷物になるとすれば、どれくらいの行政コストが無駄になるのだろうか。もちろん、福祉行政全般が無駄だとは思わないが、こういう僕に言わせれば身の程を知らない「カウボーイ人生」を行政が尻拭いできるほど、この国は財務状況が豊かだとは思えないわけである。しょせん、国民の一部がいろいろな意味での冒険をしてもリカバリーできるように、行政つまりは他の他人が税金を払って尻拭いできるのは、その大多数の他人が生活に不安を感じていないラッキーな時代だけなのである。いまだに「一億総中流」などという錯覚を元に、それこそ東大の学卒ていどの国家官僚が組み立てた脆弱な福祉行政システムに頼っていては、国家として立ち行かなくなるであろう。