Scribble at 2021-12-03 17:34:05 Last modified: unmodified
Papers We Love は、コロナ禍の情勢でイベントが開催できなくなっていたという事情もあって、活動が減退していたようだ。それに加えて、そもそもイベントが再開できるようになってからでも TBD(to be determined: 未定)という月が目立つようになってきていて、そろそろ活動としては所定の成果を収めたということで〈お開き〉の感がある。
そもそも、100年にも満たないコンピュータ・サイエンスという分野で「古典的」とされるべき論文を1本ずつ紹介するなんてイベントが、いつまでも続けられるわけがない。これを永久に続けるためには、最低でも毎月のように「古典的」な業績が出ていなければ、そのうちネタ切れになる。こんなことは小学生でも分かる話だ。
恐らく、哲学の古典についても言える話だが、知識や知恵の継承という大きな目標を立ててイベントをやるなら、同じ論文を何度でも繰り返して取り上げるべきだ。違う人、いや同じ人でも何年かが過ぎて読み方が変わっているかもしれないので、結局は誰が取り上げてもいい。自分はこのように読んで、こう理解して実地に応用したり、自分の研究でこう活用したといった話が、何度でも繰り返される。これが古典を〈しゃぶり尽くす〉意義であって、そういう取り扱いに耐えられない著作を、そもそも「古典」と呼ぶべきではないのである。