Scribble at 2020-08-23 18:59:51 Last modified: unmodified
7~8月に行われた島根県の独自大会で準優勝した野球部の部員を、屋外でサッカー部員らが祝福する写真に対しては、「マスクも着けずにコロナをばらまいている」との批判が殺到。同校は「生徒個人が特定される」として写真を削除したが、テレビの情報番組などが取り上げたこともあり、さらに拡散。島根県は8月21日、写真が転載された十数件のサイトについて「人権侵害の恐れがある」として松江地方法務局に通報し、削除要請を依頼する異例の対応を取った。
AIDS が知られるようになった頃とあんまり変わってないよね。もちろん一定の配慮は必要だろうから、軽率だったことはあるだろうけど、罹患したり感染した可能性がある人を全く赤の他人(しかも、たいていは同じ地域の住民ですらなかったりする)が非難するとか、人間のやることなのかね。日本人として少しは恥を知れと言いたいところだが、実は日本の凡俗なんて古代から同じことをやってるんだよな。もちろん、たまにはそういう思考や言動が愚かだと自覚する者も出てくるが、子供や家族に強く共有されるまでには至らず、属人的に親子や家族や知人どうしで共有されたり継承される可能性は低いため、差別が人として愚かなことであるという「文化」にまでは成熟しない。
もちろん、これはどこの国でも同じようなことが言える。インドのような国では21世紀になった現代でも、差別を理由に女性どころか幼女を集団で強姦したり殺したりしている。かつて仏教が普及していたところで、こんなことが繰り返されているのだから、呆れる他はない。また、キリスト教でも先進国の聖職者が幼児性愛者だったり虐待事件を起こしている。いかに宗教なんてものが無力であり、そして道徳や倫理とは殆ど関係がないかを明瞭に示していると言えよう。日本でも、宗教が差別の温床あるいは「補助装置」だったことくらい、高校生でも少し調べればわかる。