Scribble at 2024-12-08 08:32:29 Last modified: unmodified

トリニダード&トバゴの作家と言えば、以前にナイポールの『ミゲル・ストリート』を読んだことがあった。そして、その後にナイポールの事績や発言などを調べてみて失望したのを覚えている。それはちょうど、アメリカやヨーロッパへ移住した人物が母国(元母国でもいいが)の社会や政治や文化の批評みたいなものを書く態度に似て、それこそが奴隷根性だということも分かっていない愚かさを感じたからだ。日本でもそういう本が大流行で、大昔なら「ポール・ボネ」とかいう偽フランス人の日本人作家(ここ数年の話題だった旧ジャニーズ事務所の創業家関係者)にフランスから見た日本の批評を書かせたり、あるいは「イザヤ・ベンダサン」などという偽名で古書店のオヤジが文化人ヅラして批評を書いていたこともあり、一部のインチキ保守がいまでも心酔しているようだ。いまでは、そこまで姑息なことをする出版社はないが、逆に言えばあからさまに「これは外圧です」と臆面もない批評を出版するようになった。代表的なのが、リベラルではブレイディみかことかいう人物の一連の文章があるし、保守ではケント・ギルバートなんていう大昔のクイズ番組の回答者(自称弁護士だというが)がいる。もちろん、他にも留学だの半年くらいの旅行ていどで「海外の視点」を気取った馬鹿が好き勝手にわれわれの生活なり政治なりを批評して見せて、それをありがたがるという風習があるらしい。

でも、実はそんな風習があるのは出版・マスコミ業界だけだ。現実の世の中は、そんな紙屑では微動だにしない。実際、それどころか学術研究者が国際的に評価される業績を出そうと、あるいはアメリカのように公民権運動があろうと、いまだにトランプのような人物が大統領に選出されるわけで、たいていの出版物や社会運動の影響というものは非常に限定的であり、しかもその影響が加わるのは周囲にいる関係者に対してだけということも多い。しかるに、どんな体裁で何を書こうが殆ど何も変わらないわけで、僕が「社会科学的なスケールで言って誤差の範囲でしかない」と言って数々の著作物や主張、特にマスコミで大宣伝されているような人物や著作を軽視するのは、そういうリアリティなり理由がある。

『サピエンス』や『21世紀の資本』や『負債論』、あるいは人新世がどうしたこうしたという、ここ数年に大流行した数々の本を眺めたみなさん。それで? これらはたいてい左翼が喜んで読むような本だが、君たちはこれらを読んで「ああ、俺の違和感や感覚は間違っていない」と溜飲を下げたくらいの記憶はあるだろうが、実際にはこれらの本の内容を覚えてすらいまい。そして、実際に君たちの思考や行動に具体的かつ有効な影響がなければ、そんなもんは日本各地の営業代理店会社とかで朝礼に「えいえいおー!」と叫んでるのと同じていどの意味しかないのだ。

さて、それはそうと日本ではなぜか「トリニダード・トバゴ」と表記されるが、これは誤解をまねく。この国の名称はトリニダード島とトバゴ島からなる領土から来ているので、やはり「トリニダード『と』トバゴ」だということが分かるように表記するべきだろう。あるいは、この国ではこういう場合にやたらと等号、つまり「トリニダード=トバゴ」などと書く、主にフランス系の文化を学んだ人がいたりするのだけど、必要もなく根拠もなしに文学的な異化のようなものを狙って区別できさえすればいいなんていうデタラメな意図で記号を使うのはやめたほうがいいと思う。たとえばサルトルの名前(Jean-Paul Sartre0なんかも昔から「ジャン=ポール・サルトル」なんて書く人がいるわけだけど、文学や学術の本を読み慣れていない多くの人にとっては「ジャン」の別名が「ポール・サルトル」であるかのように、つまり「ジャン、すなわちポール・サルトルのことでもある」と表記しているように読めると聞いたことがあるということにも留意すべきだろうと思う。

これら些事はともかく、トリニダード&トバゴの作家はナイポールだけではなく、たとえばアール・ラヴレースという人物もいるわけだが、残念ながらナイポールの著作はいくつか翻訳されているし、『ミゲル・ストリート』は岩波文庫にすらなっているが、ラヴレースの作品は一つも翻訳されていない。これだけ続々と翻訳書を出版している翻訳大国でも、まんべんなく色々な人物の著作を訳しているわけでもないし、それどころか以前も書いたようにブッカー賞を受けたような人物の作品ですら数年で絶版になってしまったりする。つまり、「翻訳大国」ではあるかもしれないが、別にそれらの読書大国でもなければ活用大国というわけでもないのである。アフリカ系と言えば、他にゼイディ・スミスとかいるけど(ちなみに「アフリカ系」というだけだ。彼女はイギリスの生まれである)、彼女の作品も中公文庫でやっと『ホワイト・ティース』が復刊で読めるようになったていどだ。

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