Scribble at 2025-09-30 19:26:36 Last modified: 2025-09-30 19:30:58
ちょうど今日から読み始めているのだが、介護保険精度が成立する前のエピソードとして、介護保険制度なるものを作ると「日本の美風が失われる」などと言う人物がいたという。僕は、この手の輩を「保守」と呼んでいるのは仕方ないとしても、やはりインチキ保守とか「我保守(われほしゅ)」と呼ぶべきではないかと思う。
人類史スケールでものを考えている我々のような保守思想の支持者からすれば、妻や嫁や娘の滅私奉公を前提にした「美風」などというものを尊ぶ態度は、仮にそれが日本という地域で古くから維持されてきた風潮であり、それゆえに「伝統」と呼んで構わないとしても、それは「クズ伝統」であり、凡人の陋習にすぎないと言いたい。
僕は暫定的かつ方法論的な権威主義を支持しているので、凡人の習慣なんぞ、何千年と続こうがカスであると思っているので、知性によって打ち立てられた(改めたり打ち捨てる余地も認める)権威に従い、そこには妥当性のない区別や差別を否定するという原則があると考えるので、かような「伝統」は保守思想家ゆえに認めないという結論が出てくる。かなり雑な言い方になるが、人類史を継続・維持するために有効な知性に従った原則や方針だけを保守することが、僕のスタンスなのである。馬鹿が口にする日本なんぞの伝統など、われわれ知性の徒に言わせれば、「知ったことか」というわけである。