Scribble at 2026-08-17 19:45:37 Last modified: unmodified

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これは小学生の頃から違和感を持っていたのだが、学校の職員室など目上の人がいる部屋に入るときは、もちろん「失礼します」と述べて入るであろう。しかし、出るときはどうか。ご承知のように、「失礼しました」と言う人もいるし、同じく「失礼します」と言う人もいる。僕は、入るときも出るときも「失礼します」という風習には奇妙な印象をもっているけれど、しかし日本語の特殊な用法として興味深いとも感じていた。

これは、要するに入るときと出るときの「失礼」が何に当たるのか、意味が違うからだという解釈がある。部屋へ入るときは、何か作業したりくつろいでいる目上の人物の状況に介入するのであるから、たとえ相手に呼び出された場合においても邪魔していることになり、それが「失礼」に当たるということだ。そして、出るときは相手との用事が終わって退出することが(どういうわけか)「失礼」に当たるという解釈になるらしい。対して、「失礼しました」の場合は、ほぼ入るときと同じく、相手の部屋に立ち入って相手の時間や手間を使わせたことが「失礼」だという意味合いであるから、どちらかと言えばこの方が分かりやすい。なので、もともとは入るときも出るときも「失礼します」と言っていたようだが、最近は出るときにどちらの言い方もする。

僕も、出るときは「失礼しました」の方が分かりやすいので、こちらを使ってきた。相手に引き留められているならともかく、そもそも相手の仕事や生活を邪魔して入って行ったことが失礼であるというなら、出ていくことは失礼どころか、それ以上の時間を相手に使わせないということなので、良いことではないにしても、出ていくことすら失礼であるというのは分かりにくい。入っても出ても失礼というのは、とりわけ外国人にどう説明するのが妥当だろうか。いや、説明はできるのだろうが、そもそもどうしてそれらが失礼なのか、失礼だという理解を疑問視しないのかを説明するのは難しい。

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