Scribble at 2025-11-11 08:12:38 Last modified: 2025-11-11 08:36:52

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僕が知らないことについては、本当に生成 AI の解説は参考になるし、そもそもレスポンスも回答の量も検索エンジンやウィキペディアに比べて圧倒的に速いし質も高い。ただし、速さはともかく質を維持するためには生成 AI に或るていどの指示を与えておく必要があって、僕の場合は「Gemini へのカスタム指示」として、ひとまず次のような条件を与えている。

・私は正確で詳細かつ厳密な回答を求めます。回答が長くなっても良いです。

・ウィキペディアを参照する場合、同じ項目で日本語と英語のページがあるなら、英語のページを優先してください。

・参考にしているソースから、できるかぎり学術研究者や専門の研究機関が発表している情報を優先し、「専門家」と自称しているだけの業績や実名が分からない個人のブログ記事、それからメディアの掲載記事などは優先しないこと。(メディアの掲載記事は、プロパーが原稿を書いていても編集されている可能性が高い。)

なので、Gemini は回答するときに「ユーザー様は正確で詳細かつ厳密な回答を求められているため」と前置きして回答するようになっている。自分に念押ししてるのだろう。

それはそうと、上のような状況に置かれている若者はいると思うし、会社でも生成 AI で仕事が便利になってくると自分の仕事というか居場所がなくなってくるかのような不安を感じる人も多いだろう。特に、弊社ではコンテンツ・マーケティングのような事業が含まれているので、いわゆる「ライター」や「エディトリアル・デザイナー」や営業プロトコルを考える仕事などは、そのうち完全に AI で済むようになる。なんと言っても、生成 AI の成果はいまや凡人の成果を常に超えているので、凡人の仕事よりも圧倒的に望ましい結果しか生まないからだ。ビジネスにおいては、この事実は "point of no return" と言ってよく、生成 AI を手放す理由は既に2年くらい前にはなくなっている。これは、たぶん30年前に多くの企業で「パソコン」を仕事の場から手放す理由が消えてしまった事実と似たようなものであって、少なくともホワイトカラーについては、「働く」という言葉の意味や概念が、特定のデバイスを前提にするほかなくなったことと同じだろう。

でも、上記の学生さんには申し訳ないが、成果の質については、僕らのように凡人を超えた存在からみれば、まだ生成 AI の成果は信用に値しない。なぜなら、僕らには「まだ生成 AI の成果は信用に値しない」と言えるだけの経験と知識と技術があるし、それだけの成果を出してきた実績があるからだ。生成 AI を超えた成果を出しているからこそ、後からやってきた者が(人間であれなかれ)自分たちを凌駕しているかどうかの判断ができる。そして重要なのは、自分たちを超えていると判断したら、さっさと道を譲って有効に活用することを考えるということだ。これができない多くの人々は、それなりに成果を出してきたのかもしれないが、しょせん「老害」で終わる。なので、僕は生成 AI を活用できるところは積極的に活用して、それこそ自分が仕事としてやるべきことがなくなるくらいになっている。

たとえば社内で配信している情報リテラシー研修のポッドキャストは、これまでは自分で喋っている内容をパソコンで収録してきたのだが、現在は NotebookLM で数年分の音声データを既に用意しており、それを毎週の月曜日に配信している。情報セキュリティや個人情報保護、あるいは IT リテラシー全般の研修を毎週のように実施している中小企業なんて、世界中で統計をとっても 1 % もないはずだ。内容は原理原則だとか、あるいは常に注意するべきリスク対策など、JIS で紹介されている200項目以上の管理策を一つずつポッドキャストの話題にしているため、基本的に古くなって作り直す必要がないから、先に数年分を作ってしまえる。そういうわけで、今年中に追加した分量を毎週配信していっても、僕が定年退職するまでの8年間にわたって配信していけるだけの音声データが作れてしまう。そういう点では、僕は「用済み」である。でも、こんなことくらいで僕が会社をクビになったり、自ら後進に席を譲って辞表を出すかと言えば、そんなことはない。こんなの、僕が会社で担っている役割だとか担えるケーパビリティの総量と比べたらカスみたいなものだからだ。

つまり、生成 AI でどんどん仕事がなくなると思って不安になっている人々の多くは、じゃあ今度はどういう新しい仕事ができて会社に貢献できるのかとか、自分が働いている意義や範囲を高めたり広げられるのかという、もっと重要なことを考えていない。そして、それは僕が大学院を出ているからできるわけでもないし、有能な会社員だからできるわけでもなく、かなり荒っぽい言い方にはなるが、誰でもやろうと思えばできることなのだ。いつものセリフだが、「いつやるか? いまでしょう!」という名言のとおり、凡人が凡庸であるのは、やるべきことが分かっていながら、やるべきときにやらないからだ。

たとえば社内規程を策定するには、自社の業務や事業や労務規程などを大量に RAG として AI に学習させなくてはいけないわけだが、いったいそれを誰がやってくれるというのか。たいていの企業では、それを外部のカスタマイズ・サービス会社に委託しようとは思わないだろう。おおよそ、人を何人か採用するのにかかるくらいのコストがかかるからだ。そして、費用を出せたとしても、学習したオリジナルな AI の成果を誰が検査するのか。そうした、人員や時間や経費という色々なコストを払ってまで自社に特化した(しかも、学習に必要なデータの多くは機密情報だ)成果を出してくれる AI を使おうというインセンティブのある企業は、そう多くない。とりわけ社内規程なんて最初に作ったら10年くらいは改訂しないか、軽微な改訂しかしないわけで、しかも情報セキュリティや個人情報の規程なんて、それだけのコストをかける会社なんて上場企業くらいのものだ。僕らのように知識や経験や技術や実績がある人間に委託して策定させるほうが、コストもかからないし、AI とは違って入力されたデータだけで推論するわけではなく、社内にいて色々なコンテクストを知っているという、或る意味ではフレーム問題を考えなくてもいいという圧倒的なアドバンテージもある。そういう利点が人にはあるということを知っていて、その利点を実際に活かして社内の規程を整備したり運用できるからこそ、僕は生成 AI で置き換えられるような人材ではないという自信をもって仕事ができるのだ。

なので、僕が担ってきた幾つかの業務は生成 AI で担えるから、そういう意味では「仕事を奪われた」と言える。でも、僕にしてみればウェルカムもいいところであって、逆になんで俺様がそんな雑用を自分の手でやってきたのかと思うほどだ。生成 AI がやってくれるなら、どうぞやってくださいというもので、他にやるべきことやできることなんていくらでもあるし、それを見つけてさっさと動いて成果を出すのが、真に有能な企業人というものであろう。それに、生成 AI が業務を担うとは言っても、それを担わせたり成果の是非を判断するのは、結局のところ僕なのだ。いくら生成 AI が高機能であろうと、僕をクビにしたあとで、社長が一人で何か命令を出すだけで、全自動で僕と同じように考えて仕事を見出して成果を出すなんていうものではないわけだから、生成 AI が成果を出すからといって僕がクビになるわけでもないのは明らかだ。「マルチ・モーダル」とは言うけれど、そんなの画像を出せたり音声を出せたりソース・コードを書けたりするというだけのことであって、生成させることと、生成した成果を検証すること、そしてそれらに責任をもって管理することは、なんだかんだ言っても(現状では)人にしかできないことだ。

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