Scribble at 2024-12-09 17:01:19 Last modified: 2024-12-09 18:59:33

いわゆる「おじさんパーカー論争」なるものについて、ぜんぜん加わる気はないからどうだっていいんだけど、SNS 上の、というか勝手にマスコミがネタとして捏造してるだけだと思うんだけど、そういう「論争」なんてものがぜんぜん論争に値しない些事だということは、年齢に関係なくお分かりいただきたいと思う。

まず、発端となった人物が何者なのか知らんのだけど、「作家」とか言われてるらしいからそうしておこう。正直、芥川賞や直木賞の受賞者ですら数年も経てば雑誌にでも短編を書くしかなくなるくらいの一発屋が多いので権威もなんにも感じないわけだけどね。あとは、平野なんとかみたいに左翼論壇でしか名前が知られていない(そして左翼は学歴に弱く、悪い意味での権威主義なので、「京大」とか言われるとたかが学卒を知識人であるかのように権威者にしてしまうから困ったものなのだが)人物など、要するに作家といったところで、僕ら哲学者に言わせれば物書きの一種にすぎない。小説や批評やエッセイを書く職能というだけのことだ。

なので、単に SNS で有名な若い女性がなにやら投稿して騒がれているというだけにすぎない。そもそも、この人物の投稿した内容を「若者の意見」みたいに雑な扱い方をしている時点で胡散臭いわけだ。僕は、若者の中にはそんなことをそもそも気にもしてない人だってたくさんいると思うんだよね。なぜかって、些事だからだよ。相手が何を着てるかなんてことよりも、今日の夜にゲームへログインして参加するイベントの方が重要だって若者もたくさんいて、そういう人にとっては誰が何を着てるかとか、そういうことについていちいち SNS で投稿してる人がいようと、そういう若者こそ、それなりの数の若者たちにとってすらどうだっていい人だと思うぜ。つまり、同じ世代の人は同世代の発言に関心をもってるなんて思い込みで世代だの「若者」だと一括りにして、何か分かってるような顔をして議論だの考察だのと書いたり喋ってる人たちこそ、それが20代の作家だろうと50代の実業家だろうとキモいんじゃないかな。そんなんさ、他人がユニクロのパーカー着てるとかジョルジオ・アルマーニの150万円のスーツを着てるとか、それを知ったり語ることで俺らの給料が上がるわけでもなし、どうだっていいじゃん。

ということで、こんな些事をいちいち相手にしてる実業家の二人も些末なことに時間を使っていて愚かだとしか言いようがないのだけれど、彼らがこういうネタに噛みつくのは、はっきり言えば商売というかパフォーマンスだからしょうがないのだ。これで一定数の「若者」から目の敵にされたり「オヤジ」と嘲笑されることこそ、彼らの意図だからだ。これで何がいいのかというと、嘲笑してる連中なんてどうだっていいんだよね。寧ろ、嘲笑するためにリンクしたり QM してくれる(昔の言い方を使うなら "age" てくれる)ことでインプレッションが稼げるし、YouTube のチャネルにリンクしてくれたら、彼らの投稿を読んで逆に反感なり疑問を持った人がフォロワーになってくれるようなチャンスが増えるわけだよ。なので、こういう「ネット・セレブ」を相手にすること自体が負けなの。

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