Scribble at 2025-10-07 18:04:13 Last modified: 2025-10-08 15:29:31
これは信夫くんのブログで、或るページを開いたばかりの状況だ。こんな「コンテンツ」を見せられるくらいなら、paywall の方が潔いと思う。もちろん、池田信夫という特定の人物について、どうこう言うつもりはない。でも、僕はこのところこういうブログを運営する人々について、次のように考えるようになった。
手加減というか、自分でサーバを借りてドメインを取って個人サイトを運営している僕らと比べて、ブログをホスティングしてもらって文章を書いている人々も、その昔に流行った「ブロゴスフェア」なる知のコミュニティだの集合知だのに貢献できる人々なのであって、重要なのはコンテンツなんだから、ホスティング・サービスを使っていてもいい。僕らのように個人サイトをもつ者と、外形的なことだけで優劣を比較するのは間違っている。それに、外形的な自立性だけで比較するなら、もちろんレンタル・サーバを借りている僕らよりも、自宅にサーバを建てて固定 IP アドレスをプロバイダから割り当ててもらってサイトを運営している方が「偉い」という話になってしまう。だが、そんなヒエラルキーに本質的な重要性はなく、せいぜいオタクどものマウンティングに使われるていどの意味しかない。
こう思っていて、ブログのホスティング・サービスを使っているというだけで何か安易というか下衆なことをやっているなどと差別する必要はないと思っていたわけだ。でも、僕はそういう善人ぶった平等主義は、そろそろ自分が奉じている方法論的権威主義にしたがって、改めようと思う。ホスティングでブログを運営しているような人々には、刹那的に他人へイージーで安っぽい感心や感動をもたらすことは偶然にできるかもしれないが、やはり他人のお膳立てでしかものを言えない人々に知的な意味での力などない。彼らにあるのは、パブリシティという広告代理店的なインパクトだけだ。もとより、それと同じ理由で、僕は PHILSCI.INFO では日本の哲学プロパーの多くを侮蔑しているわけで、小平の英雄(最近はスピノザ全集の編集委員を外された腹いせなのか、ドゥルーズの本ばかり書いているようだが)だの、烏龍茶だの、勉強好きなブ男だの、四国のサバイバル役人だの、エロアニメおたくの郵便配達屋だの、こういう連中にしたって哲学としてのインサイトなんてまるでない、それこそパブリシティしか取り柄のない俗書を続々と出版している。でも、そんなこと1億冊やったところでなんにもならない。それらが1億回の感動を読者に与えたところで、やはり1億回の忘却によって無に帰するだけだ。それが、僕の言う「社会科学的なスケールで誤差にもならない影響力」だとか、「無限のゼロ算術」という表現の意味合いである。
もちろん、ブログを運営する人の中には、自分がいまや何をやっていることになるのかを、上のように悲惨な事例を自分で眺めて後悔する人がいるかもしれない。あるいは、信夫くんのように、おそらくはブログの読者なんてどうでもよくて、彼のブログにアクセスする生成 AI のロボットがテキストをちゃんとスクレイピングするかどうかだけが関心事だと割り切る人もいるのだろう。したがって、必ずしもブログのホスティングでいまだに文章を書いている人々を、僕らのような個人サイトの運営者よりも無内容なことを書いてる連中だなどとは思わない。でも、結局のところ腑抜け野郎だとは思うね。韓国アイドルの写真一枚やエロアニメのガチャに使う数千円があれば、てめーでサーバでも借りて自動インストールの WordPress くらい入れたらどうなのか。