Scribble at 2024-02-01 16:14:18 Last modified: 2024-02-08 19:58:47

添付画像

今年の NHK 大河ドラマとして放映されている『光る君へ』は、紫式部の生涯が本筋となっているわけだが、もう一人の重要な登場人物として、もちろん藤原道長が登場する。そのため、紫式部の『源氏物語』だけではなく、書店では藤原道長にちなんで講談社学術文庫の『藤原道長「御堂関白記」』などが宣伝されていたりするのだけれど、どういうわけか藤原道長を描いた古典として知られる『大鏡』は殆ど見かけない。もちろん『大鏡』は文学作品として書かれたのだから、そのまま記録として読んでいいわけがないから、資料としての扱いは難しいわけだが(とは言え、その当時に「文学」という概念は自覚されていなかったであろうから、一概にこういう作品を作り話だとして書いていたかどうかは分からない)、『源氏物語』を宣伝するなら『大鏡』も扱って良いはずだ。ということで、ここでは(自分が興味をもって読んでいる肩入れも理由としてあるが)『大鏡』の関連書を御紹介しておきたい。(これらの他に何冊か文庫本の注釈書も所持しているが、それらは書店で手軽に買えるから御紹介しなくてもいいだろう。)

大半の方は、『大鏡』という作品に親しみはないと思う。そもそも、この作品を初めて知るのは高校の古文の授業だろうと思うのだが、まさか1年を通して『大鏡』だけを読み続けるなんて授業をする教員はいないはずだ。副読本として何か参考書を紹介されるとしても、せいぜい写真の中央にある薄い受験参考書の類であろう。しかも、こういう副読本まで読むなんて人は国文学科でも志望していない限りは少数派だろう。そういうわけで、古文としての素養も足りないか欠落している人が大多数だろうと思うので、もしいまから『大鏡』を読もうというのであれば、やはり現代語訳から目を通して全巻の大略を押さえておくのが望ましい。(ちなみに注釈書にも日本語訳は掲載されているが、日本語訳を読むためだけに注釈書を買う人はいまい。)

ということで、まずは現代語訳からとなるが、いま発売されている現代語訳の大半は抜粋であるため、『大鏡』の大略は解説として書かれているものの、実際の現代語訳としては明らかに不十分だと思う。よって、現代語訳なら保坂弘司氏の著作(講談社学術文庫)をお勧めする。というか、この著作しか選択肢がない。

次に注釈書は、いまのところは松村博司(日本古典文学大系, 岩波書店, 1960)、石川 徹(新潮日本古典集成, 新潮社, 1989)、橘 健二・加藤静子(新編日本古典文学全集, 小学館, 1996)という三冊がスタンダードだろう。2008年に河北 騰氏の注釈書が明治書院から出ているが、あれはほぼプロパー向けの書籍で、一般人が買うような値段とは言い難い(ああした体裁の書籍は、考古学でも同じようなものだが、ほとんど全国の図書館と関係者が買えば終わるような、殆ど自費出版に近い出版物だ)。ただ、松村氏の著作は岩波文庫として出ている注釈書でも1964年の出版であり、かなり古い部類だ。それ以降の半世紀以上になる研究の成果が反映されていないという点を考慮すると、敢えて最初に読むべきではないだろう。これらの中でお勧めするのは、恐らく国文学の教員も最新刊の(とは言え30年近くも前の出版だが)橘・加藤氏の著作だろうと思う。ただ、石川氏の注釈書も書店で眺めた限りでは読みやすいし注釈も丁寧に付けられているので、いずれは手元に置きたいと思う。

よほど興味がない限りは、現代語訳と注釈書を一冊でも持っていれば十分だ。僕は、以前も書いたように足立巻一氏の本で「『大鏡』を読んでいない国文学者はモグリだ」というセリフがどこかにあったのを読んで、もちろん僕は国文学者ではないのだけれど、そこまで人に言わせる著作とはどういうものかと詳しく知りたいという興味があるだけだ。実のところ藤原道長に興味なんてないのだが、『大鏡』をひととおり読めるようになることが古文の勉強としてはスタンダードな素養を身につける最適な手順だとも聞いたことがあるので、そういうことを聞くとチャレンジしたくなるわけである。なお、写真にも並んでいる次田潤氏の著作などは相当に古いものであり、これは殆ど国文学というジャンルで考えても趣味の世界であろう。それでも、写真や図版などを数多く使っていて解説も丁寧な著作であり、現今の注釈書と比べても見劣りしない水準の本だと思う。

[追記:2024-02-05] さきほど、石川 徹氏の校注による『大鏡』(新潮日本古典集成、1989)が届いたので、現時点でのスタンダードな注釈書は全て参照できるようになった。国文学科の学生みたいなことをやっているが、本来は古文の勉強に使うものだ。それから何某かコンテンツから学ぶべきことがあれば、こちらでも御紹介したい。

  1. もっと新しいノート <<
  2. >> もっと古いノート

冒頭に戻る


※ 以下の SNS 共有ボタンは JavaScript を使っておらず、ボタンを押すまでは SNS サイトと全く通信しません。

Twitter Facebook