Scribble at 2025-12-15 11:44:27 Last modified: 2025-12-17 11:44:28

日本では科学哲学の概論の著者として知られているアレックス・ローゼンバーグに How History Gets Things Wrong という刺激的な著作があって、いかにも社会科学の議論を科学哲学の概論に含めている彼らしい著作だ(ちなみに、僕はビューチャムとの共著であるヒュームの研究書で初めてローゼンバーグを知ったので、あまり科学哲学の研究者という印象はなかった)。僕も彼の基本的なスタンスには同感である。とりわけ考古学を学んでいた頃から、出鱈目な妄想をロマンと称してばら撒いた新聞記者や作家、日本中で馬鹿げた話をでっち上げては事実上の町興しに邪馬台国論争を利用しようとしていた地方史家や小役人ども、あるいはマスコミと一緒になって「考古学ブーム」に騒いでいた多くの博物館職員や歴史学者や考古学者といったプロパーまで含めて、彼らの語ってきたインチキ話や与太話の大半は、色々な理由で、現代の歴史学科や考古学科で学ぶ人々の手にとられてしかるべき価値を(単なる読み物としてすら)持っていない。特に、2010年代以降になって推定精度が格段に上がった carbon dating を初めとする測定技術や、これまで蓄積されてきた自然地理学や地質学や細胞生物学や気象学、それから文化人類学や歴史社会学や歴史学の理論的な進展にも支えられた現代の学術の水準においては、古い世代の人々がこぞって競ってきた「ナラティヴ」を語るような真似は、端的に言って歴史学や考古学の教養課程レベルの学生にとってすら無知無教養の自己証明になりつつある。

また、7年くらい前に書店で流行しただけの「ナラティヴ・マーケティング」や、傲慢な「デザイン経営」というアイデアの応用である「storytelling 経営」の実態が、単なる詐欺的な口八丁の営業行為だったり、口先だけの経営理念を朝礼で訓辞する愚行の正当化にすぎないことがバレてしまい、数年もしないうちに誰も恥ずかしくて話題にしなくなった。これは全くの余談だが、ちょうどその頃に放映された『機動戦士ガンダムNT(ナラティヴ)』のような、まさしく子供騙しの便乗作品も、まともなアニメおたくからは見向きもされない黒歴史になりつつある。僕も、ガンダムは「ナラティヴ」の直前までの経緯を描いた「ユニコーン」で、ニュータイプのコンセプトを(その能力ゆえに知ることとなった世界の終焉という避けられない事実について人がどう向き合うかという姿として)描き切ったと評価していたのに、「ナラティヴ」でニュータイプを再び残留思念という名前の幽霊話へ引き戻してしまったことに腹を立てていたのだ。

どのような記録や情報であれ、この世界で起きている出来事なり事象の(どういう意味かはともかく)十分あるいは完全な総体を遺漏なく描くものではない。たとえば、僕は考古学を学んでいた頃に、ちょうど日本でもプロパーの受容が始まっていた「セトルメント・アーキオロジー」という定住形態や定住という暮らし方に影響を与える地理から人間関係や制度にいたるまでの複雑な要素を組み合わせる研究アプローチに強い関心をもっていた。しかし、そこで最も深刻な課題となっていたのは、もちろん情報が少なすぎて大半が推定や推測に頼るだけしか手がないということだ。特定の日付で気象条件がどうであったかを正確に推定するような技術や理論はないし、そのためのデータすらない。そして歴史学の議論としても、特定の日付の気象条件が人の定住にとってどれくらいの影響をもつのか決められないという別の理論的な(あるいは人の心理の動きを知ることについての)限界もあろう。つまり、理屈としては非常に面白いけれど、人がどうしてそこへ住もうとするのかは、結局のところ分からないという結論しか出ようがないだろうというのが僕の見立てであった。そして、十中八九の割合で、そういう推論の余地が入るところには、必ず素人やマスコミが出鱈目なストーリーを挟んで「商品化」をたくらむ隙が生まれるわけで、それを学術的に補完したり訂正するための馬鹿げたコストを払うことになるのは、僕らのように有望な考古学者志望の子供にとって、時間と才能を馬鹿な大人に奪われる文化的な犯罪の犠牲でしかない。

だが、ローゼンバーグが論じているように、僕らはこのような体系的で時間という筋の通った物語によってものごとを理解しようとする認知的な文化を利用してきたし、もしかすると彼が述べるように生理的な条件としても必要としているのかもしれない。そうすると、これは言語のような話題についても言えることだろうとは思うが、生物であり認知機能を使わざるを得ない個体として生き、ものを考え、さらには哲学するような僕らにとって、半世紀前の実存主義ブームの頃と同じく若造どもがやるように口先だけで、そうした与件を「現象学的還元」だの「括弧へ入れる」だのという呪文で片付けることは難しいだろう。

  1. もっと新しいノート <<
  2. >> もっと古いノート

冒頭に戻る