Scribble at 2025-12-21 09:39:23 Last modified: unmodified

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スウェーデンのソフトウェアエンジニアであるクリス氏は、管理職としてのキャリアをスタートさせた際、手探りでその役割を学ぶ中で「奉仕型リーダーシップ」に関する多くの書籍を読んだとのこと。しかし、クリス氏は奉仕型リーダーシップに対して、親が子供の進行方向にある障害物をすべて先回りして取り除く「カーリング型の子育て」に似ているという違和感を拭えなかったといいます。

透明なリーダーシップは奉仕型リーダーシップに勝る

この手の話というのは、まず第一にどういう業種のどういう組織で導入されるかという、具体的で細かい条件に依存しており、しかも適用される組織の構成員は常に異なり、しかも人の出入りがあるので流動的という難しい条件にも置かれているんだよね。したがって、経営学において組織論や組織行動論、あるいはリーダーシップ論と呼ばれている分野は、基礎になる調査がきわめて難しいし、研究者や現場の人々の思い込みが簡単に加わりやすい危険な結論が横行している。当サイトでは何年か前に幾つかの関連本をご紹介したので覚えている方もいると思うが、アメリカで書かれたリーダシップ論や組織論の多くは、はっきり言えばキリスト教の通俗書でしかなく、とりわけモルモン教の影響を受けた著者が多いし、中には『ティール組織』のように組織論の名をかたるカルトの解説書みたいなものまである。まともな学術書として書かれ販売されている組織論のテキストが『ティール組織』を参考書として採用せずに完全に無視しているのは、簡単に言えばそれが理由だ。

したがって、たかだか一人の経験で組織やリーダーシップを語るということ自体が、道端で自費出版の詩集を売るような行為と同じであり、そういう茶飲み話や与太話として受け取るのが妥当だ。だいたい、この人って誰なの? そういう自分なりのリーダーシップ論を見出して、いったい何の業績を上げたんですか。

ただ、この手の個人が書いている御伽噺にも反面教師という些細な愚行の実例を知るという価値だけにとどまらない、それなりの教訓というものがある。たとえば、「組織の価値観や原則を共有して部下が自律的に判断できるようにし、需要と供給を直接結びつけることで、意図的に自分という仲介者を排除していく姿勢が重要だとしています。責任を段階的に移譲して後継者を育て、最終的には『自分がいなくても回る状態』を作ることが目標となります」という議論は、あるていど正しい。なぜなら、大半の企業におけるリーダーや上長は年齢としても部下より上であるから、上長が中途採用だと社歴の長さは部下よりも短いかもしれないが、部下よりも先に退職する可能性が高い。一つのチームとして見ても、そこで一定の業績を上げたらリーダーは昇進してチームから離れることも多いので、つまるところリーダーは昇進という意味でも定年退職という意味でも、自分がチームを出ていくまでにチームを一定の水準に引き上げる責任が最初からあるのだ。これは、サーヴァント・リーダーがどうのこうのという以前の話として、あらゆる組織のリーダーに求められていることなのである。リーダーシップやチームというものを、ライフサイクルというダイナミックなスケールで考えたら、これは前提であり当然のことなのだ。そして、上の記事ではまともなレベルの管理職や役職者であれば知っているはずの事実を、敢えて凡庸なレベルの管理職として「発見」してみせてくれているわけである(ちなみに皮肉や冷笑でこう書いているわけではない)。

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