Scribble at 2024-05-11 13:08:38 Last modified: 2024-05-11 13:12:31
なぜ日本人は英語を使いこなせないのか。慶應義塾大学教授の今井むつみさんの書籍『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』(日経BP)より、日本語の「着る」と英語の「wear」の違いについての解説をお届けする――。
これは編集記事だろうから、当人が書いた原稿じゃないかもしれないけど、日本人の多くが英語をきちんと学べない一つの理由は、日本語の文章としてすら満足にものを適切に説明できないような人が、慶応の大学教員とか、あるいは『プレジデント』なんていう出版・マスコミ業界にたくさんいるからだと思うね。つまり、原因を作ってる方の人間が無自覚にひとごとのように「日本人がなかなか英語を使いこなせない根本原因」とか語ってんじゃねーよというのが、僕の意見だ。
まず、この記事は英語の "wear" について書かれているはずなのだが、冒頭から数ページにわたって延々と前置きが続く。要するに、インプレッション数とクリック数と滞留時間を稼ぐための、「エディトリアル・デザイン」に名を借りたインチキだ。あるいは、ユーザビリティという概念を或る種のパターナリズムとして矮小化した張本人であるヤコブ・ニールセンという情報アーキテクトなら、こういう細切れのページを「ページの表示速度を上げるユーザイビリティの好例」だと賞賛するのだろうか。
次に、3ページ目の見出しである「“wear”は日本語の『着る』とまったく同じではない」というのは、もういまどきの進学校なら中学の現代文の授業で教わるような、悪文の見本だ。「まったく」が「~でない」にかかるのか、それとも「同じ」にかかるのか、これではにわかに判別できないからである。ビジネス・メールの書き方などを指南するページや書籍でも、この手の分かりにくい限定詞の使い方は絶対にやめろと書いてあるのに、どうやら認知・言語発達心理学や言語心理学といった分野では、日本語の適切な作文すら学ばなくても博士号を取得できるらしい。
ちなみに、この記事の主題である "wear" について書いておくと、これは一種の「ひっかけ問題」だと思う。高校英語までの参考書だと、状態動詞と動作動詞の区別まで詳細に教えている事例は少ないが、たとえば『実践ロイヤル英文法』のような参考書には平然と掲載されているわけで、このレベルの参考書で勉強していれば分かることなのだ(実際、『実践ロイヤル英文法』には状態動詞と動作動詞の実例として wear / put on の区別が出てくる)。つまり、彼らの言う「根本原因」とは、このていどの事項すら高校までに教えていないという、英語教育の怠慢でしかない。授業でカバーしろとまでは言わないが、このていどは教科書に詳しく書くべきであり、日本の教科書はとにかく結果平等として全ての子供に教科書を無償で配るためにページ数を幾らでも少なくする傾向にあったので、授業で教えることだけを記載するという、教員の台本みたいなものを作り続けてきたのである。こんなものでは、教員の質が下がれば比例して教科書の質も下がるわけで、悪循環にしかならない。