Scribble at 2024-10-18 08:05:48 Last modified: 2024-10-18 08:18:43
芸能関連の話題については、どういうわけか Yahoo! ニュースなどのヘッドラインを毎日のように眺めていて、実は子供の頃からなんだかんだと言いつつ情報を得ている。興味があるというよりも、どちらかと言えば世相を知っておく必要があるんじゃないかという、僅かな不安の方が動機としては強い気がするのだけれど、いまとなっては習慣みたいなものになってしまっていて、もともとの動機なんて気にしていない。
さて、そういうわけで芸能の話題を眺めていると、ここ最近は NHK の朝ドラが不評だという記事を見かける。連続テレビ小説(正式な呼称はこちらである)は、たしか『ひまわり』の頃から自主的に観ていたし、印象に残っている作品については MD の方で紹介したことがある。これは弊社のウェブ制作部署が発注側から開示してもいいと言われたらしいので書くが、『ウェルかめ』(2009年後期)では僕も含めた弊社の制作スタッフが公式サイトのコンテンツ管理を担当したし、『まんぷく』を放映していた前後の大阪放送局が制作担当の作品では、僕は更新情報を表示するために使うデータ(JSON 形式)の管理システム、簡易 CMS のようなものを開発して運用していたこともある。というわけで、プライベートでも仕事でも朝ドラとはそれなりに関わりがある。
いま放映している『おにぎり』が不評だという話題、そして不評に対する制作側の意見を眺めていると、僕はどうも昔から不愉快に感じることがあって、それは、この国の人間というのは、とにかく凡人とか無能な人間とか、あるいは犯罪者やテロリストや不良少年少女、つまりはダメな人に対する言い訳を並べすぎだということである。総じて、この国には昔から「人倫」みたいなことを愚かで浅薄な封建思想やインチキ伝統主義で口にする者がいる一方で、他方には愚かな民衆や非行少年少女やヤクザや犯罪者を安易に美化したり、これまた軽薄で愚かな弁解を並べ立てるストーリーが横行していて、はっきり言えば辟易させられる。盗人にも三分の理どころか、小説や漫画や映画はおろか、この国では社会学といった学問に携わる者ですら、非常に安易に人倫を語り、あるいは人倫とやらを外れた者を擁護する。正直、反吐が出るね。
もちろん、僕は社会防衛論の支持者ではあるが、犯罪者や馬鹿な子供を永久に隔離しろとは言っていない。反省するなり、あるいはどういう根拠があるのかは知らないが人には「更生」などという認知的な現象が起きるらしいので、そういう非科学的でナンセンスな思い込みを(そう思い込んでいる側の心情なり期待なり、あるいは「癒やし」として)認めるにせよ、何らかのチャンスや基準で再び社会の一員として迎える社会制度にコミットすることはかまわない。しかし、それは社会から与えられたチャンスであって、当人の人権でもなんでもない。したがって、僕は一定の限度を超えた再犯者は、たとえ窃盗のような軽微な罪であっても、もう隔離した方がよいと思う。矯正したり説得したり教育が不可能な、或る意味では精神疾患だと考えた方がよいだろう。もちろんだが、倫理学や哲学がどうにかできることでもない(気の触れた人間がこちらに向かってきたらどうするか。もちろん、その相手を説得しようとしてカントや加藤尚武の名前を出して語りかけるよりも、僕はまず先に正拳突きかハイキックを出して叩き伏せるだろう。僕は哲学者であるよりも前に「社会人」であり「生物としての個体」であるからして、それは当然のことだ)。
この国で生まれ育ち、そして放映される映画やテレビドラマを眺めたり、発行される数々の漫画や小説を目にしているなら誰でも知っているように、とにかくこの国はヤクザや非行少年少女やテロリスト、果ては部落差別している側の人々や太平洋戦争時に数々の非道を行った軍人などなど、ありとあらゆる犯罪や非行や愚行を矮小化したり、過小評価したり、逆に彼らに見て取る人間性だの「やさしさ」だのを過大評価し、とにもかくにも書店やテレビには、その手の言い訳が毎日のように続々と現れる。関東大震災のときに大量の在日朝鮮人や在日中国人を殺した(場合によっては、千葉では被差別部落の人々も虐殺した)人々が殆ど検挙もされずに済まされている。これでは、凡人なんて簡単に印象操作されたり感化されるに決まっているのであって、しかもそういうことをこの国では左翼だろうと右翼だろうとイデオロギーや宗教宗派に関わりなくやっている。要するに、この国は凡人が自ら言い訳を並べ立てて、いわば文化として自己弁護や自己正当化を繰り返しているのだ。何度も言うが、(他人はもちろん自分自身の)自己欺瞞に立ち向かうために哲学をやっているようなところがある僕からすれば、これは度し難い状況である。どこかのアパレル・メーカーの経営者が「そのうち日本は滅びる」と言っているように、滅びる可能性はあろうし、驚くようなことでもないね。もしかすると、社会科学的なスケールで言えば「良いこと」かもしれない。何度も言うが、僕は人類史スケールの保守思想家なので、日本なんていう些末な民族や文化よりも人類(あるいは、望むべくは「もう少しマシな人々」)の持続可能性の方に興味があるし、価値もある。