Scribble at 2025-10-13 10:38:28 Last modified: 2025-10-13 11:12:57

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介護保険法(平成9年12月17日法律第123号)

法令というのは著作権が割り当てられていないので、コピペしようと、これをまとめて書籍として出版してお金を儲けようと自由なのだけど、公開するからには一定の責任というものがある。法令の文言が正確であることはもちろん、改定されていく法令のフォロー・アップをどこまでやるかという問題もあって、アマゾンで Wikipedia のコピペを古典文学などとして販売しているゴロツキやヤクザ者には大して関わりのない責任であろうが、心配したり配慮すべきだと思う人にとっては重大だ。よって、こんな古い法令を放置しておいて「コンテンツ」だと言い張っているような人々は、僕にはまともな情報提供者とは思えないわけである。

しかも、このページは「地球資源論研究室」という趣旨の分からない巨大サイトのコンテンツであり、広島大学と関わりのある人物が制作して運用しているようだが、運営責任者の署名もなければコンテンツの責任所在もはっきりしない、意味不明なサイトの一部である。もしこれが大学教員のコンテンツであれば、僕は博士課程どまりの人間ではあるが、はっきり言ってこのサイトの運営者は学術研究者としての基本的な素養が欠落しているモグリだと言いたい。なぜなら、学術論文を公表しておいて署名や所属を表記していないも同然だからだ。

それに、そもそも地球科学の雑多な情報を並べていて、プライベートな Wiki のような体裁ではあるが、だからといって何の説明もなく大学名を冠して「クレジットカード」や「介護保険法」の解説を掲載するとは何事か。まだ ADSL すら普及していなかった前世紀のウェブサイトなら、こういうものもありえたし、僕も個人のブックマーク・サイトみたいなものを公開していた頃もあったわけだが、いまさら生成 AI の方が遥かに正確で包括的で最新情報をフォローしていて、ソースも正確に提示できる時代となったわけで、こういう(気の毒だが)ゴミが放置されているのは広島大学の学生にとっても不幸なことだと思う。

それはそうと、「介護保険法」という一語だけで検索しても、検索結果の上位100件までに出てくるのは、地方公共団体や官公庁の行政サイトが公開している保険のページや、保険会社の初歩的な解説ページ、あるいは個人が適当に公開しているケアマネの受験情報などが大半を占めており、何が言いたいかというと学術研究者のコンテンツが全くない。まともな内容で或るていどは読み応えのある分量でページを公開すれば、SEO 的にはまったく簡単に上位へエントリーできそうな状況なのだが、福祉学だろうと社会保障論だろうと保険学だろうと、とにかく何の分野であろうとヒットしそうなコンテンツが出てこない(そのうち、Wikibooks の編集履歴といったゴミがヒットするようになる。こんなものに負けるコンテンツなど、逆にわざわざ作るほうが難しいくらいだ)。もちろん、社会保障論や介護保険法を学んだり専攻しているからといって、ウェブ・コンテンツを制作して公開する責任がある人間なんていないわけだが、それにしても貧弱という印象は否めない。

こういう実情を見ると、やはり僕が少しばかり情報を整理してコンテンツを出そうかと思いつかなくもない。もちろんだが、社会保障は自分さえ情報を知っていて得になればよいというわけではないからだ。社会保障関連の予算が減ると困るし、社会保険料の捻出に国民が消極的となるのも困るし、介護や医療に携わる人々の実態が軽視されるのも良くない。でも、なんでこんなことまで科学哲学者がわざわざコンテンツを制作して公開しなくてはいけないのかという腹立たしさはある。「科学哲学者」を名乗って福祉や医療の本を書いている廣井良典氏という例外的な人物はいるけれど、彼は日本科学哲学会の会員ですらないし、彼は僕と同様に独自の定義で「科学哲学」という言葉を使っているのだ。科学哲学を専攻しているからといって福祉や介護や医療に興味があるわけではないし、そういう研究分野が確立しているわけでもない。

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