Scribble at 2026-04-06 17:12:24 Last modified: 2026-04-07 18:16:41

色々な分野の体系的な本をたくさん持っていると、それこそ色々な分野どうしの繋がりが分かってくる。もちろん、書籍として目の前に展開されている項目や議論だけで世界や自然のすべてどころか知識の全体すら十分に把握できるわけではなく、大学テキストがどれほど重厚長大であろうと、たかだか人類が積み上げた成果の一部に過ぎないという見識が求められる。膨大な分量のテキストをたくさん持つことによってこそ、逆にその限界が「目の前に積み上げられている何冊かの本として有限である」ことが、却ってありありと分かるのだ。

たとえば僕の場合は、今年に入ってから大して気にしてこなかった人体の生理だとか栄養学などの知識を得ておこうとして、幾つかの臓器にかかわる生理だとか構造のような知識を正確に学ぼうとしている。このとき、理数系のプロパーでも何でもない者が人体を学び始めるに当たって手に取るべきなのは、もちろん高校レベルの生物や化学であろう。だが、あらゆる事項を細かく学んだり覚える必要はない。大学レベルの、医学や生物学にかかわる色々な分野の体系的なテキストを手にしていることで、それが分かる。もちろん、スキップする分野が些末であると言いたいわけではなく、ましてや邪魔だと言いたいわけでもないが、人体の生理や機能などを学ぶために直接のかかわりはないので、拘泥するわけにもいかないのが実情だ。

たとえば、高校の生物や大学教養課程の生物学という範囲でなら、はっきり言って細胞の仕組みについて解説された部分だけでよい。人と関係のない光合成を知る必要はないし、生態学もスケールが大きすぎるし、遺伝や進化の詳細な知識もひとまず知らなくてよい。すると、教科書で冒頭から 1/5 ほどを学べばよいと言える。さらに、細胞の仕組みや働きについて、高校で学ぶ内容と大学で学ぶ内容とに大きな違いがあるわけでもない。それどころか、実は学部レベルで導入(細胞の機能と構造、代謝とエネルギーなど)を解説している細胞生物学の教科書があれば、それら高校や教養課程の生物で学ぶ範囲すら割愛できるのだ。高校の生物 → 教養課程の生物学 → 細胞生物学という順番で学ばなくても、細胞生物学の解説が読めないわけではないからだ。いや、もっと言えば、細胞生物学や生化学の丁寧な導入が書かれた専門課程のテキストがあれば、実際には大学教養課程の生物学のテキストすら不要である(たとえばブルーバックスで5分冊にもなって販売されているテキストがあるけれど、ああしたものは各分野を希釈したり省略して解説しているにすぎない)。

しかし、割愛できるのはそこまでである。そこから更に進むと分子細胞生物学の範囲に入ってくるので、そこでは化学の知識が求められるからだ。だが、高校の化学(基礎、有機化学、無機化学)の範囲でも、医学や生物学にかかわりのある項目だけに絞って解説している本があれば、それを利用できる。また、大学で使う化学の教科書でも、生体反応に着目したテキストを使えば関連性の低い科目に寄り道しなくても済むわけである。そして、そこから進んで生化学をひととおり学ぶことで、分子生物学の精密な議論を理解できるようになる。あとは、組織学、生理学、栄養学(場合によっては食品学など)と、スケールを大きくした分野を学んでいけばいいだろう。

これらだけでも大変だが、しかし人体を知るに当たってはほんの一部の知識でしかない。そして、それゆえに数多くのテキストを目の前にしながらでも限られた範囲のことしか分からないのだという見極めができるようになる。こういう見晴らしにおいては、たとえば通信工学からネットワーク・エンジニアリングやシステム・アーキテクチャなどまでをカバーして学ぶときにも感じる、ゾクゾクするような気分を味わうのだが、あまり同感してくれる人は多くないのが残念だ。

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