Scribble at 2026-09-23 11:19:28 Last modified: unmodified
世の中には色々なコミュニティや学会があるもので、ウォーキングについても上に紹介するような学会がある。ただ、いまどき SSL サーバ証明書も使っていない(月額料金が数百円のレンタル・サーバですら使える)というのは、技術的な知識やスキルがどうこうという以前に、ウェブサイトを運営する主体しての基本的な欠格だと思う。いまどき、こんなものは「情報I」を学んだ高校生ですら知ってる常識だからだ。
また、21世紀に学術研究の団体や組織を設立してウェブサイトを運営するのであれば、仲間内だけの連絡や通知だけでなく、一般のビジターがアクセスしてくるというマルチ・ステークホルダを前提にした情報設計が望まれる。学会の設立趣旨や会則それから学会誌の情報を掲載するのはいいとしても、そうした活動の成果として広く社会に還元できるなにがしかの情報なり提言あるいは資料を作成して公開してもよい筈だ。
たとえば、すぐに思いつくアイデアは二つある。一つは、もちろん推奨できる範囲のウォーキングの習慣だとかトレーニング方法を提言することだろう。ただし、こういう学会のメンバーは医療従事者であるとは限らないので、ウォーキングがたいていは医療的な効果を目的にやるものだという常識からすれば、医療的な効果が十分に確定しているような根拠にもとづいている必要があろう。
そして、もう一つはその逆である。つまり、世の中に広まっている恐れがある俗説や素人の意見を徹底的に批判し粉砕する、敢えて言えば「戦闘的なメッセージ」だ。僕は権威主義者なので、素人なんてものは学者の責任において徹底的に叩き潰すべきであり、そんなものに個人の意見や表現の自由など認めてはいけないと思う。もちろん、僕は「方法論的な」権威主義者であるから、その権威を疑うべき理由があれば、しかるべき手続きによって首を切り落として構わないという可謬主義を認めつつ暫定的な権威を擁護するというスタンスだ。しかし、原則としてひとたびコミットした権威からの理解や評価を優先するべきであり、最初から寛容とか自由を認めるのは判断の放棄であり無責任であると考える。