Scribble at 2008-02-02 00:59:15 Last modified: 2022-12-28 15:33:31
「わたしたちの生活と言葉遣いの関係性に着目してみよう」「なにが『関係性』だ、文学かぶれが。」この言葉に違和感をもつ人であれば、その多くがこんな感想を抱いてもおかしくはありません。単純に受け取ると、この言葉遣いには、なにか思想や哲学をかじった素人にありがちな底の浅い自己陶酔が見受けられます。あるいは単にペダンティックなだけの俺流用語というか自家発電言葉とでも言えるでしょう。この種の言葉遣いを好むであろう人々いわく、わたしが語りたいことは他人が簡単に言い表せない「クォリア」なので(笑、こう言わざるを得ないのであり、かくある言語との格闘に立ち向かうための知の武器として現代のなんたらどうたら・・・もうええわ、だあっとれお前らは。というわけですが、 ひとまず冷静に検討してみると、「関係」という二項以上の値を取るものに、「~性」という一項の値しか取らないものを組み合わせることが、各人にとってひとまず某かの意味合いを持っているのだとしましょう。すると、「関係性」と言う場合には、或る事柄と別の事柄に何らかの「関係がある」ということの、意義深さを強調したいだけではないでしょうか。つまり冒頭の例文を引き合いに出すと、「わたしたちの生活」と「言葉遣い」に何かの関連があるということが、話者にとって重要なのでありましょう。でなければ、このお話には、しばしば哲学科の学生に教師が与えるパズルのような展開が待っています。教師 「関係が、二項 A と B を結びつける何らかの実体であるなら、A-●=B のように図示できるだろう。」学生 「なぜそういう図になるのですか?」教師 「何らかの実体として『関係』を描くと、その関係なる実体は、ひとまず A に結びつく仕方と B に結びつく仕方を、結果として両者が同じだと分かるにしても、ひとまずは区別して考えなくてはならないからだ。もし各項への結びつき方が、どの項についても同じようだと考えてみなさい。どうなる?」学生 「たぶん、A-●=A や B-●=B や、あるいは B-●=A と A-●=B の区別がない結びつき方になると言わざるを得ませんね。すると、結びつき方として図示された "-" と "=" に区別がなくなります。」教師 「それは困るな。あらゆる関係が反射律を満たさなければならなくなる。だから、その関係が A と結びつく仕方は B と結びつく仕方と、ひとまずは別の結びつきとして扱わなくてはならない。であれば、A-● と ●=B は、それぞれ別の結びつきと言えそうだ。」学生 「はい。」教師 「しかし、それが正しいなら、A と関係 ● とを結びつける仕方はだな、B と関係 ● とを結びつける仕方と結果的に同じであったとしても、どんな結びつき方なのだろうか?」学生 「ほえ? A と ● の結びつき方ですか。それは・・・A と ● とを結びつける何らかの実体があって・・・」教師 「おいおい。それでは無限後退になるぞ。今度は A+■*● という結びつきを要求する ■ なんて実体が出てきてしまう。だとすれば、A と ● の結びつきについて正しく理解するには、■ と A を結びつける + という結びつきについて正しく理解しなくてはならず、次に・・・」学生 「はいはい分かりました・・・」おおよそ、フレーゲの勉強をやり始めると出てくるお話かと思いますが、かようなわけで、「変項について或る関係を結びつけるもの」という実体を語っているかのように受け取ると、言葉としての違和感が生じるだけでなく、「本当に中世哲学でも専攻した上で言ってるのか」と、問い質したくなってしまうでしょう。