Scribble at 2026-01-14 09:40:45 Last modified: unmodified
もともとは機械学習の利用にも熱心だった企業らしいが、昨今の AI 産業における不誠実で不道徳な姿勢を批判し、いまの産業をサポートすることになるという理由で生成 AI を業務に導入しないと述べている。
僕は業務でも生成 AI を利用していて、社内研修のポッドキャストは NotebookLM の音声概要と Suno AI の曲を Premiere Pro で編集しているし、昨年の4月に本社を移転したときには、移転にともなう業務環境の変化について臨時の内部監査をやり、そのチェック項目を洗い出すために Gemini の Deep Research を利用した。また、これから制作する社内規程の挿絵としても生成 AI を使う予定だ。でも、これらは別に生成 AI を使わなくてもいい。これまで研修の教材は僕が自分で喋って配信していたし、内部研修のチェック項目は既存のフォーマット(検索で集めたという意味では生成 AI のやってることと変わらないのだが)を使っていたし、社内規程の挿絵はなければなくてもいい。あるいは「いらすとや」のイラストを使ってもよかった。そして、生成 AI を使うから生産性が上がるのかというと、別にそこまで劇的ではない。
ウェブサイトのコーディングについては、実はまだ試していないのだが、たとえば Apache の .htaccess で使う書式については、幾つかの結果を出してもらっている。だが、それは僕自身が Apache の設定を書けて、生成 AI の吐き出したコードが正しいかどうかを決められるスキルがあるからやれるわけで、もし僕が自分で使っていない環境や言語でのコードを生成 AI で吐き出して扱えと言われれば、もちろんそんなのはお断りである。自分で正否が分からないコードを production server に投入するのは、馬鹿か、あるいは未熟者のくせに社会貢献の真似事をしたがる素人だけだ。こういう連中ほど、純朴で、したがって迷惑な者はいない。生成 AI が、いくらその手の馬鹿よりもマシなコードを吐き出すとしても、しょせんわれわれのレベルには届かない。
そして、上の記事によると、われわれのレベルに届くとしても使うべきではないという。これはこれで、一つの見識だ。実際、生成 AI が圧倒的な生産性を誇るのは、多少の軽微なミスがあっても許容できる雑なタスクだけである。その典型が画像や動画の生成だ(音楽については、その全てを緻密に聴き分けられる人も多いので、ミスが許されないかもしれない)。わずか数ピクセルの乱れや処理落ちがあって妙な色やトーンの箇所があろうと、全体としての印象が許容されていれば、おおむね使えるものだ。だが、ミスの許容範囲が非常に小さいか、あるいはミスが法的な責任にもつながるような分野では、どれほど但し書きを付けたところで応用なり導入には慎重であってよいし、実際に多くの組織では慎重だ。