Scribble at 2025-11-17 06:38:10 Last modified: 2025-11-17 07:15:45
LLMs have made some kinds of open source obsolete, but there’s still plenty of open source left to write. I’m excited to see what kinds of novel and unexpected things you all come up with.
著者の主張は明快であり、まずコードを生成する AI によって、小さなライブラリやプログラムを探したり、自ら考案する必要がなくなったという。生成されたコードを実装したりテストする技量さえあれば、後は生成 AI に任せたらいい。GitHub のリポジトリや、プログラミング言語ごとにライブラリなどをホストしているサイトなどを検索する必要はなくなり、必要なコードを必要なときに AI に書かせたらいいだけだ。もちろん、生成されたコードは十分にチューニングされているとは限らず、バグを含むリスクはあるが、それは人が書いたコードについても言えるリスクだし、その両者のリスクは限りなく同じ程度になりつつあるというのが大方の意見だろう。個別に優れたコードを人が書いていても、それに生成 AI が吐き出したコードを超えるパフォーマンスやリスク耐久性があるとしても、その(もしかすると僅かな)優越性知ったり利用するためにかかるコストを考えたら見合わないとういわけである。もちろん、それは当たり前のことである。なぜなら、そういうコードを利用する大半の「エンジニア」は凡人だからだ。要は生成 AI にコードを吐き出してもらうしかない、アルゴリズムを自ら思いついたり試行錯誤するだけの数学やコンピュータ・サイエンスの知識がないし、それをプログラミング言語で実装するだけの技量や経験がないのだから、当たり前と言えば当たり前であり、それは生成 AI が登場する前から SourceForge などに集まってくるユーザの大半がそうだったのだ。
そして著者が指摘するように、チャッピーや Claude に「ねぇねぇ、ここをこうするコードを吐き出して」と言えば、大半のブルーカラーどもの仕事は終わってしまうので、こういう連中のスキルは全く向上しない。まさしくこの状況は、スキル、知識、技量における下方圧力に他ならず、もっと言えば人類が自らの知性を押し下げて達成される(つまり AI が人類の知性を「凌駕する」ことで達成されるのとは逆の)「シンギュラリティ」の見事な実例となるわけだ。
Hacker News でのコメントを読むと、生成 AI の利用は手軽にコーディングできるという効用だけではなく、それらライブラリの依存関係を考えなくて済むというメンテナンス性という点でも有効だという意見があった。ブログ記事の著者のように、小さなプログラムを書くのが好きな方は趣味的な活動としてたくさんいるわけだが、やはり OSS の実態の一つとして、作りっ放しだとか、言語仕様などへの(本質的でない)特殊な依存関係という問題があるのも確かであり、OSS だ小さなプログラムでの趣味的な活動だ、社会貢献だというだけで手放しに称賛したり支持できるものではない。