Scribble at 2025-02-26 07:30:39 Last modified: unmodified

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20 years working on the same software product

こういう小さなタスクに使うソフトウェアをほそぼそと開発し続けている人というのが、たぶんたくさんいるのであろう。もちろん華々しい GAFAM の業績に比べること自体がナンセンスに思えるけれど、たぶん人一人が生活していくにあたって何程かの足しになるだけマシなのであろう。インターネットが普及していなければ、それでもソフトウェアの開発に使う C や C++ は実用化されたかもしれないので、こういうソフトウェアを考案する人は出てくるわけだが、売上はもっと少なかったはずだ。

そもそも、江戸時代、いや昭和時代の後期ですら、一般庶民がコンピュータを使って何かを開発して収入を得るなんてありえなかったわけである。僕が初めてパソコンに触れた1980年代の前半ですら、「ソフトバンク」なんていう(その当時は)マニア向けの表計算ソフトなんかを扱うセコい会社がパソコン雑誌にやっと広告を掲載していたくらいであった。もちろんソフトウェア開発会社はあったし、銀行の基幹系システムに従事するエンジニアもいたわけだが、彼らはかなり特殊な来歴で携わっており、スマートフォンで求人アプリの画面を何度かタップしてから数週間後にネット・ベンチャーで React をいじくり回し始めるガキの気軽さとは大きく違っている。もちろん、どちらが「良い」とか「偉い」という問題ではなく、単にソフトウェアの開発に携わるということの趨勢が半世紀ほどのあいだに大きく変わったという事実だけを指摘しておきたい。

もちろん、ここで紹介している人物のやっていることを嘲笑する意図もない。僕だって、自分のサイトで場合の数や組み合わせ(の解説)が難しいという論説を掲載しているくらいだから、席次を決めるのは大変である。ただ、こういうことは数学的に解決すればいいという話でもないので、道具としては便利だが、たいていの会社では買わないだろう。たとえば、僕は毀誉褒貶の渦中にある宝塚歌劇団の公式サイトに関わるコンテンツを制作していた会社に勤めていたことがあり、何度か話題にしているが劇団員の席次というものは非常に重要な話題であって、ウェブ・コンテンツの制作に携わるスタッフも劇団員の席次を「暗記」するよう求められたものであった。確かに、業界知識はコンテンツの制作にとって必要となることがあり、単なる制作アプリケーションのオペレータにも「ウェブ・デザイナー」や「ウェブ・アプリケーション・エンジニア」は務まるが、そういう人たちは高度なノウハウをどれほど習得しても、何十年やっていようとクラウド・ワーカー止まりである。

僕は、そういう人たちが大量に長野県や愛媛県あたりにログ・ハウスを購入してリモート・ワークだけで食いつないでいくなんていう社会は幻想だと思っているし、現にそんなことで食っているウェブ・デザイナーやエンジニアは現在ですら少ない。しかし、こういうクラウド・ワーカーが納品するレベルのビジュアルやコードなんて、もうあと数年で生成 AI が無料で大量かつ迅速に吐き出せるようになるのは目に見えているので、そういう人々はそれぞれのド田舎で上場企業の退職金を食い潰しながら気取ったカフェでもやるか、あるいは地元の自治体に「ITコンサルタント」と称してロクでもない事業を売り込んでは助成金のお零れで食いつなぐか、あるいは単純に東京へ戻ってきてデジタル内職を始めることになるだろう。

しかるに上で紹介している事例は、まったく些細な規模の話ではあるが、それでも成功事例であるということは指摘しておきたい。もういまからの時代は、こういう働き方や収入の見込みすら立たなくなるであろう。

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