Scribble at 2025-11-16 14:51:47 Last modified: unmodified
こちらは Hatena Blog のブログだが、いくら無料でホスティングしているからといって、この広告はない。ページの下半分は全て広告で埋め尽くされており、上の半分はサイトのタイトルしかわからない。これでは、いまどきの若者の多くがチャッピーに聞けばいいだけだと即断するのも無理はない。タイパがどうこう以前に、こんなページを見せられるのは効率が悪いという以前に不愉快だからだ。まるで、広告を眺めるのと引き換えにコンテンツを見せてやろうと言われているようなものだからだ。そこまであなたたちのコンテンツって貴重なのかね? その集積が AI の「ごはん」であることは事実だが、はっきり言って AI がきみらのサイトのコンテンツをスクレイピングしなくても、AI の応答の品質には何の影響もないと思うぜ。いや、寧ろ品質は上がるんじゃないかな。そろそろ AI の学習で使うデータのスクレイピングにおいても、何を学習するべきかについて AI 自体が取捨選択する時代になる。それは、エコーチェインバーだと批評されることは多いのだが、「まともなコンテンツだけのエコーチェインバーは、寧ろ歓迎だ。
何と言っても、僕は権威主義者なので、ゴミクズと正しきものとの区別を僕は支持している。そして、それを決めるのは僕ら自身だという意味では従来の愚かな権威主義とは違っており、僕が奉じている権威主義とは、実は形式的には「民主主義」と呼ばれているものに実は近いのである。ただし、その「民」である僕ら自身が権威のなんたるかを自ら評価することをやめてしまうなら、そういう人間は黙って権威に従えというだけのことだ。
それはそうと、記事の中身についてだが、僕も長らくゲームをプレイしていて、いまでもプレイしているのだけれど、訓練とも言うべき時間や技能を使わないとクリアできないことにチャレンジすることは少ない。いちばん時間と技能を注ぎ込んだのは初代の『グラン・ツーリスモ』であり、全てのライセンスを「金」でクリアすることを目標に、修士論文を書きながら夜中に何時間も練習したものだった。でも、たいていはイージーにプレイしていると思う。いわゆる「超絶技巧」がないとクリアできないなんていう、任天堂のゲームとかは、僕は殆どプレイしない。だって、僕にとってゲームというのは小説を読むようなことと同じであって、RPG は言うまでもないが、シューティング・ゲームですら一つの道筋を追うためにあり、常人を超えた才能がなければ最後まで到達できないなんてのは、簡単に言えば「欠陥商品」でしかなく、小説で言えば最後の数十ページが落丁しているようなものである。商品というものは、マスを相手にしているなら、おおよそ平凡な人間が享受できるようにつくるのが責務であり、その調整をうまくやるのがプロとしての技能でもある。一握りの優秀な者だけがクリアできるゲーム・バランスなんてのは、実はゲームの設計としては(意外かもしれないが)誰でもできるのである。