Scribble at 2024-11-11 09:55:33 Last modified: 2024-11-11 10:00:05

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New York Times Word Usage Frequency Chart – An Update

こういう、データを雑然と収集してグラフにしたという、いまどき小学生でもできるようなことを見せて、何事か仕事をした気になってる人っていうのが、まぁ日本でも社会科学にはこういうのがたくさんいて、話題が被差別部落だろうとレイプ犯罪だろうとヤクザだろうと身体障害者だろうと、何の役にもたたない論文を量産してるんだよね。もちろん海外にもこの手の無能がたくさんいて、しかも大学で教授をやってたりするから、はっきり言って先進国を含めた高等教育の評価システムなんて、われわれ哲学者に言わせれば「凡人に下駄を履かせてやっと維持できている」ていどのものでしかないと言える。たぶん、僕らからみて本当に有能な学者だけを集めて大学の学部を編成し直したら、この世界に大学なんて5つくらいしか成立しないだろうと思う。

でも、凡庸さはスタンダードであり、組織を支えるには必要だ。無能は、とりわけ学術研究やビジネスの世界からは排斥してもいいと思うが、それ以外の職業なり生き方においては、凡庸だろうと無能だろうと自由に選んで生きる権利というものが近代社会にはあるし、凡人を基準にした社会システムこそが持続可能な社会を実現するだろうと思う。なので、上記のようなグラフを描いて得得としているような人物は無能に限りなく近いと思うが、それでもこの程度の調査をしてグラフを作る程度には知能があるわけだ。なので、たぶん凡人の一人には留めておいてよいのだろう。

そもそも、或る単語の使用頻度が増えたとか減ったというだけで、その単語に付随するコンテクスト(たとえば差別とか貧困とか)が高まったとか弱まったと言えるものではない。世の中が物騒になったからといって「犯罪」という単語が新聞でたくさん使われるようになるとは限らないのだ(その代わりに具体的な罪状や刑罰の単語が増えるかもしれない)。つまり、調査にあたっての仮説や結果を解釈したり分類するための前提や結論の意味するところを明快にする制約条件など、色々な情報をまとめて提示しない場合、こういう visualization は見る側の偏見を増幅するだけの代物になってしまう。僕が PHILSCI.INFO で、愚劣なイラストや図表で哲学の概念や議論を表現するなと非難しているのは、こういうところにも理由があるのだ。

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