Scribble at 2024-05-06 08:10:52 Last modified: 2024-05-06 08:14:15

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お勧めしたい本ではないからリンクしない。当サイトでは何度も書いているように、数学者や数学教師の書く説明や解説というのは、実際には論理的でもわかりやすくもない文章が多い。自分たちでは明快かつシンプルで「良い」文章だと思っているのかもしれないが、基本的に彼らの書く文章は数学ができる(というか実は論理的であることに頓着しない)人に最適化されていて、数学を厳格に理解しようとする人にとっては寧ろ杜撰で分かりにくい。よって、一口に「数学が苦手」だとか数学嫌いとされる人々の中にも、単純に勉強したくないという理由や怠惰とは別の、実際には精密にものごとを理解しようとするからこそ数学者や数学教師の雑な説明に耐えられないという人もいるのである。

そういう杜撰で無意味な説明として、気の毒だが実例を挙げよう。竹内 淳『高校数学でわかる複素関数 微分からコーシー積分、留数定理まで』(講談社ブルーバックス、2019)である。

もちろん竹内氏だけに責や非があると言いたいわけではない。正直なところ講談社ブルーバックスを始めとする「高校数学でわかる」などと称している通俗書の大半が、その肝心の高校数学の説明を非常に雑でいい加減に解説しているせいで、それらは実際には高校数学を復習しなくても理解できるていどに最初から素養がある人々しか理解できない欠陥商品なのである。

よって、そうした書籍をアマゾンなどで高くレビューしている人の多くは、「文系風情の馬鹿どもにはこれで十分であろう」といった差別意識や選民思想でものを書いている(という自覚すらない)人が大半を占めているのだが、実は彼らの大半はプロパーでもなんでもない。数学者や技術者として国際的な業績を出しているどころか学者や教師、あるいは予備校の講師ですらない、大学の理数系や工学系を卒業したというていどのアマチュア(もちろん、数学という学問だけに限らず、その応用であるテクノロジーを使った実務、あるいは数学の教育者としても)である。現実には、この国の数学関連の通俗書や一般向けの本に対する評価というものは、こうした思い上がったアマチュアの未熟な思い込みによって支えられているにすぎない、虚構である。

さて、具体的に言うと、『高校数学でわかる複素関数 微分からコーシー積分、留数定理まで』の16ページには、複素数の「実部」と「虚部」が定義されていて、わざわざ記号による定式化まで示されている。しかし、気にもしていない人の方が多いと思うが、実はこの記号どころか、複素数の実部と虚部とを分割して扱うということ自体、一度も実例がないのである。数学では大学のテキストどころか参考書や教科書にすらある話なのだが、こういう無意味な、ただたんに自分の蘊蓄を書き留めるだけで当該の話題を解説したり議論するにあたって何の意味も効用もない定義というのがあって、意外と数学者というのはこういう無意味な説明とか記述をよくする。論理的に言って、それが何の意味をもつのかということに頓着しない傾向があるのだ。なぜなら、数学とは具体的に何の役に立つかということに固執してはいけない抽象を事とする分野だからである(と、数学の教師ですら思い込んでいる)。しかし、それは学術研究や数学者個人の思想として抱くことは構わないが、教科書や一般向けの解説において採るべきスタンスではないと思う。そういう、「分かる人には分かる」式の態度でものを書き続けているからこそ、参考書や教科書を書く人々にも同じ思い込みが無自覚かつ無批判に共有されてしまい、およそ教育や啓蒙の名に値しない独りよがりな本ばかりが乱造されているのが、この国の出版事情というものなのである。

自分たちの、ものを書く者や教育者としての素養や研鑽を軽んじておきながら、「数学嫌いのための」とか「高校数学でわかる」などと、パターナリズムよろしく思い上がった本を書いては、一向に物事が改善されないことに嘆息するというポーズを取り続けているのが、彼ら(そういう意味ではきわめつけの無能な)数学者や数学教師である。僕は、決して十分とは言えないまでも、そういう実状をよく自覚されていて数学の解説や導入についての反省に立ってものを書いている、たとえば渕野 昌さんのような書き手が、プロパーであろうとなかろうと増えることと期待したい。当サイトで、繰り返して「数学者こそ非論理的な文章ばかり書いている」と難詰しているのは、それが理由だ。我が国にあって、いまだに「女に三角関数はいらない」などと二重に(数学に対しても女性に対しても)愚かなことを言うような政治家がいるという恥ずべき現実が解消されず、「文系 vs. 理系」といった区別というよりも寧ろ差別意識がなくならないのは、僕は数学者と数学教師にも大きな非があると思う。

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