Scribble at 2025-01-07 07:53:19 Last modified: unmodified
To me, this whole exercise doesn't reflect how distorted humanity has become because of technology, but of how humans refuse to look themselves in the mirror.
「なんだこれ?」と思うかもしれないが、制作者の意図はどうあれ、こういうものを「教訓的」だと見做すこと自体が、僕はなんだか胡散臭いと思ってしまうんだよね。哲学者だから。つまり、こういう set-up が設えられて、要するに広告代理店的な意味での「フック」とかセンセーションとかに頼らないといけないというショック療法だの文学的な異化だのという、そうした ready-made なしかけこそが胡散臭いと思ってしまう。そして、そういうものに感心して見せたり「感動した!」だの「アメリカ中が泣いた」だのと、更に胡散臭いコメントを SNS に書くバカも多いわけだよね。勝手にやってろよ。そんなことでこの世界が少しでも良くなった試しなんて、人類の歴史が始まってから一度もないというのが、考古学や歴史学を学んでいる僕の結論だ。しかし、それはなにも「凡人には何もできない」というシニシズムではない。つまりは、歴史に記録されるような「何か」をしようとすること自体が思考としても志向としてもおかしいのであって、そんなヒーローイズムを目指すように人の人生や生き方を一定の方向へ捻じ曲げるような連中にこそ、凡人は個々の人生なり生活において抵抗するべきだと思う。それは、もちろん才能がなくてもできるし、善人である必要すらない。