Scribble at 2026-05-05 08:28:44 Last modified: unmodified
僕は中学に入ったのが1981年で、高校を卒業したのが1987年だから、ちょうど1980年代に中高生というか「青春時代」とやらを過ごしたことになる。そして、そのころに流行っていたのが「エア・チェック」だった。これは、要するに FM 放送の番組(で配信される)曲や歌をラジカセやコンポでカセット・テープに録音することだ。当時は、シングル・レコードが1枚で800円ていどして、アルバムだと2,400円くらいだったはずだ。もちろん好きな演奏家やアイドルやミュージシャンのレコードを手当たり次第に買うわけにもいかないし、とりあえずランキングに入ってくるような人気の曲だけを聴きたいという動機で、それを FM の音楽番組で流すときに録音し、後から好きな順番で前後の不要な部分を飛ばして「ダビング」することで、オリジナルの曲を集めたアルバムのようなものを作って楽しむというスタイルが中高生から大学生くらいまでの若者に流行したわけである。もちろん、音楽が好きで、しかもダビングできるラジカセなどを持っていて、親から借りるのではなく子供が専用の機材として所持しているという条件があるから、全ての中高生がそんなことをやっていたわけでもない。それでも、80年代の若者の風俗やトレンドを語るときに欠かせない話題の一つがエア・チェックだろうと思う。
ただ、僕がエア・チェックにハマっていたのは中学時代だけだった。なぜなら、高校になると CD が登場して、1984年に発売された SONY の「D-50」というポータブルのプレイヤーを即座に買って CD を聴くようになったからだ。ちなみに、プレイヤーの本体は現在の CD プレイヤーと殆ど変わらないサイズで、確かにポータブルではあったけれど、プレイヤーを持ち運ぶためのキャリング・ケースを兼ねたバッテリー・パックは、単一の乾電池を何本も詰め込む巨大なものであった。そして、当サイトでは何度も書いているように、高校を出て東京では『月刊 CDay』という雑誌の編集者をやることになるので、既に80年代の後半になると音楽メディアのトレンドはカセット・テープから CD に置き換わっていたことになる。なので、上にご紹介した本は『FM STATION』という雑誌の編集長だった人物の回顧録と言うべき内容なのだが、エア・チェックのブームは3年くらいで終わってしまったのである(なので、僕はこういう散発的で刹那的と言ってもいい社会現象を通俗本やブログ記事やソーシャル・メディアで「文化」などと呼ぶ素人社会学者たちには抵抗がある)。
ただ、ラジオ番組への接し方として眺めると、もちろん音楽番組だけがラジオを聴く目的ではなく、エア・チェックとは関係なしに他の番組は熱心に聴いていた記憶がある。中高生の頃なんて殆ど寝てなくてもいいような生活をしていたから、当家では19時頃に夕飯を家族で食べてから21時頃まではリビングで過ごし、僕は自室に入って0時までは寝ていた。そうして日付が替わる頃に起きて、コンビニで夜食のおにぎりなどを買ってきて、1:00~3:00は『オールナイト・ニッポン』を聴きながら予復習し、それから再び6時頃まで寝ることもあったが、週に2日くらいは『オールナイト・ニッポン』の二部も聴いてから、そのまま学校へ出かけて6時頃に大阪教育大学の生協が運営する学生食堂の「ご厚意」で中華そばを作ってもらう(仕込みしてるときなので正式には開店していなかった)ことがよくあった。
こうして思い返すと、家庭なり、それから暮らし向きといった点でも、或る意味では最も裕福で安定していた時期だったと感じているのだが、当時は薬店という商売をしていた親にとってはどうだったのだろうか。もちろんファイナンスやらセールスやらに悩んだり取り組んでいたのであろうから、さほど気楽でもなかったとは思う。