2018年09月12日に初出の投稿

Last modified: 2018-09-12

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僕は殆ど夢を見ないのだが、稀に SCE のゲーム『I.Q』みたいな状況の、いま自分が立っている地面が崩れ落ちてゆくような夢で起きることもある。これまで二回ほど、そういう夢で夜中にハッと目が覚めたり、傍で寝ていた連れ合いから「うなされていた」と言われたこともあった。

あるいは、いま立花隆さんの『死はこわくない』という本を読んでいるのだが、自分でいま夢を見ていると分かっていて夢の状況に身を任せている「明晰夢」というのがあって、確かに「こういう夢を見よう」と決めて夢のストーリーを自分で描くことはある。

たとえば高校生の頃に戻って、自分が『タッチ』の上杉兄弟みたいに野球をやっていたらどうだろうと想像しながら夢を見始めたりすることがある。あるいは『クロノトリガー』か『ドラゴンボール』に出てくる設定のように、次元の狭間にあって時間が停止した(つまりは不老不死のままでいる)ところで、膨大な記録や書物を収める図書館があって、自分はそこでひたすら資料を読んでいるとか。それとも、同じく異次元の小さな星にある森の中に巨大な家を構えて大勢の仲間と暮らしながら、たまに森から外へ出て旅をしながら色々な魔物を倒していくといった、ありふれた RPG のようなストーリーとか。

たいていは、全くの気晴らしである。もちろん眠りが深くなると夢も消えてしまうのだが、REM 睡眠のステージに入るからか、再び夢の続きが始まったりする。そして、こんなふうに思い出して書けるのだから、多くの夢のように起きると忘れてしまうようなものでもなく、それこそ翌日は続きから始まったりして、何ヶ月も夢を見なかった後でも覚えていたりするので、ストーリーが何年越しで続いたりする。でも、ストーリーの進度は速くないので、あれやこれやと色々なことをやっているわけではない。

このように、脳の働きというものは不可思議なことが多い。自分で自分の何が分かっているというのだろうか。生理的な点においても、あるいは精神的な点においても、まだ自分で自分のことはぜんぜんよく分かっていない。

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