Scribble at 2023-10-20 15:04:48 Last modified: unmodified
毎回のように思うけれど、ブラウザとかから PDF で「印刷」するときのプリンタの反応って、これビジネスで使えるレベルのパフォーマンスじゃないだろうって思う。銀行とかでも最初から PDF でダウンロードできるファイルはいいけど、PDF に「印刷」する場合は酷い。
とまぁ、こんな具合に僕は日頃から批判的な議論や否定的なコメントをたくさん書いている。これを称して「後ろ向き」だのなんだのと、プロザックの愛用者でもないのに、それこそ否定的な反応をする人がたくさんいる。もちろん無知無教養なアイドル議員のような、自覚があるのかないのかわからない反応をして「人を批判してはいけないと思いまーす」みたいなことを言いたい人には、それなりの対応というものがあるけれど、ひとまずこの文章を読んでいる人がアホではないという前提で話を進めると、批判的であることと、その内容を否定したり無効にする話とは、必ずしも同じではないという前提があってよい。そして次に、仮に批判している内容を全く許容できないとしても、それがいったい何なのかという話になる。他人の言っていることを批判したり否定すると、いったい何がいけないというのか。仮に人を批判ばかりしていると、僕らの精神がおかしくなってテロリストになるといった社会科学や心理学の統計でもあればともかく、人に怒ってばかりいるカミナリ親父のようなキャラクターが、何らかのリスクがある精神疾患だとか潜在的な犯罪者である証拠などない。また、相手を批判すると人間関係がおかしくなるとか、あるいは子供を叱ると個性をどうのこうのというインチキ教育論の信奉者であっても、ガキが他人を(それこそ)理由もなく罵っていれば、親として叱るのが当たり前であろう。
結局、前向きで、ポジティブで、他人を褒めることだけが人類の生き残る道であると言わんばかりの連中というのは、彼ら自身が何らかの異様な思い込みに陥っているように思える。でも、僕が理解している限り、そういう「建設的な成果」だけを積み上げていくことを煽っているのは、大勢がそういうことに邁進している様子を眺めながら、彼らの僅かな成果を掠め取るような連中なのだ。これに対して、批判的な内容の成果だと、その手の成果泥棒たちにとっては役に立たない足踏み状態にとどまるため、人々がそういう志向をもったり、批判的な思考に一定の価値を置くような傾向を「後ろ向き」だとか、まるで良くないことをしているかのような印象操作に走るわけである。