Scribble at 2026-10-06 10:47:03 Last modified: unmodified

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Plain text is still one of the best technologies we have (deadparrotbbs.com)

この Hacker News の投稿で話題になっている記事がどうということよりも、定期的にこの手の「テキスト・ファイルは最高!」みたいな話が繰り返されるのはどうしてなのかということなんだよね。似たような話として、いまだに UNIX を弄繰り回してる連中だとか、C 言語の些末な仕様をごちゃごちゃと語ってる連中とか、「インターネット考古学」なんて揶揄されることはある。けれど、僕は過去の業績について学ぶことは揶揄すべきことではないと思う。問題は、過去について知ったり過去に学ぶ必要があるかどうかではなく(そんなの必要に決まっている)、それを知ったり学んだうえで物事を進展させるべきなのに、どうして過去のままに留まろうとする人がいるのかということだ。

これはコンピュータ・サイエンスの学位をもっているような人々には常識の類だと思うが、テキスト・ファイルはバイナリ・ファイルである。これは、逆説的なことを言っているわけではなく、そもそもコンピュータの記憶装置に格納されるデータは全てバイナリ・データなのであって、テキスト形式なんていう記録方式があるわけではない。特殊なバイナリ・データの一つがテキストと呼ばれているにすぎないのであって、計算機がテキストとして扱えるフォーマットとして一定の基準を満たしている特別なバイナリ・ファイルなのだ。ゆえに、「テキスト・ファイルは人が読んで理解できるがバイナリ・ファイルはそうではない」というのは無知による偏見でしかないし(テキスト形式だが SVG でエンコードされた文字列から、元の画像を想像できる人はまずいない)、「テキスト・ファイルは単純だがバイナリ・ファイルは複雑である」というのも同様に偏見だ(protocol buffers は構造がシンプルだ)。

つまり、テキスト形式でのデータ管理を推奨している人々は、テキスト・ファイルというフォーマットの色々な制約(バイナリ・ファイルに対する制約)を利点だと考えているのであって、エンコーディングが決まっているとか、表現力に限界があるとか、ヘッダーのようなメタ・データを持てないとか、そういう制約が情報を格納する入れ物の単位として理想的だと考える人が多いのであろう。そして、このようなことは繰り返して語られる価値があると考えている人もまた、多いのだ。

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