Scribble at 2026-09-11 16:55:33 Last modified: unmodified

本を売却するために、あまり深く広く学ぶ範囲を広げるのは遠慮しようという分野を割り切る必要がある。これまでに、海洋プラスチックと marine debris(海ゴミ)、科学哲学や科学史の些末すぎる話題や、逆に難解すぎて初等的な勉強すら死ぬまでに終えられそうにないような分野(時空論とか)、それから数学の哲学などを選んできた。更に、また何度か本を古書店に売却して、僕が本の所蔵に使っているケースで4個ぶんくらいは処分を予定している。そういうわけで、他にも勉強の量を制限したり範囲を切り詰める分野を決めておきたい。その一つが、コンピュータ・サイエンスである。

ここでは何度か書いているように、僕は現職を退職したら、次はウェブ制作やネット・ベンチャーの企業で働くつもりは全くない。というか、こんな仕事は、いくら哲学を勉強する片手間に電通案件のサーバ構築ができるていどの(気の毒だが哲学に比べたら)些末な技量があろうと、嫌である。したがって、IT やコンピュータや情報セキュリティの運用とか管理についての研修を担ったり、地域のイベントや学校で教えるといった仕事ならともかく、ウェブ・デザインだのプログラミングだのを手掛けるのは、いくら手に余るほどの才能があっても現職で終わりだ。別に勿体ない話でもないし、僕自身は他にコンピテンシー級のスキルでやれる仕事などいくらでもある。食っていくためなら、過去にやったことがある鉄工所の旋盤工や、ニュージャパンのマッサージ・スタッフの管理担当をやってもいい。僕は哲学者なので、その手のしょーもないプライドなんて最初からないからだ。

ウェブ・アプリケーションのエンジニアとして、ソフトウェア・エンジニアリングだけにとどまらず、コンピュータ・アーキテクチャとか、通信ネットワークやトラヒック理論など、ハードウェアやソフトウェアを含めて理論のあらゆる基礎をひととおりは学ぼうとしていたのだけれど、岩波のコンピュータ・サイエンス事典で体系的な見晴らしを掴んで割り切る必要があると感じた。これに加えて、この手の仕事を高い水準で理解する必要を感じなくなったという事情もあり、岩波講座の「情報科学」くらいは学ぶ職責を感じてはいるものの、それだって7年後には定年退職の身となるような年齢の人間として弁えるほどの学識だとは思えない。もちろん、僕がこれらの分野を学ぶことに何の支障もないけれど、いったいどこの大学や専門学校で講師にしてくれるだろうか。そういう余地が大阪というか日本にあるとは思えない。

また、財務会計や労働法などバック・オフィスの知識を多く身に着けたからといって、別にこれから別の会社で管理系の取締役になれるわけでもなし、単なる好奇心や勉学意欲というだけではペイしない。もちろん、これらは僕が連れ合いと豊かな人生なり老後を生きるための社会的な地位や収入を維持するための道具でもあるから、そういうことの役に立たない技能や知識を、僕という個人の興味だけで積み上げる必要は、もはや感じていない。社会人なり大人あるいは人として十分に成長したとか、満足のゆく知恵を身に着けたなどとは思っていないし、それはたぶん死ぬまで「十分」だの「満足」だのと自覚なんてできないとは思うが、人はそんなことだけのために残業したり他人へ頭を下げたりするわけではないのだ。

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