Scribble at 2024-08-21 07:41:15 Last modified: 2024-08-21 16:58:59
この問題の解決策は簡単である。パスポートやマイナンバーカードや住民票や免許証の旧姓併記を禁止すると同時に、民法と戸籍法を改正して夫婦別姓の選択を認めればいいのだ。公文書には一つの本名だけを書くのが、世界共通のルールである。
この小林氏が自民党の総裁選挙の候補者として唐突に現れた経緯がぜんぜん分からないんだけど(特命大臣ではあったけど、正直なところ政治家としては力量でも集金力でも陣笠級だと思う)、信夫くんが指摘している姓については信夫くんの書いているとおりだと思う。ウィキペディアで事績を読む限り、この小林氏は旧統一教会とも付き合いがあるし、年齢のことだけアピールしてるみたいだけど、アメリカに留学して極右になった手合だ。留学したハーヴァードでよほど差別されたのだろうか、高市早苗タイプの逆ギレ右翼と言ってもいい。もちろん、僕らのようなスケールの保守は、こんな東大お坊ちゃんの安物思想なんてお呼びじゃない。というか、いい加減にこの手の連中が出鱈目に巨大なキーワードを振り回すていどのことで、彼らに思想、なかんずく政治思想があるかのような妄想は捨てるべきだと思うんだよね。何も考えてないよ、こんな連中は。
たとえば、夫婦の姓について別姓制度に反対する人たちというのは、判で押したように「夫婦や家族の一体感」なるものが損なわれるなんていう思弁を脊髄反射のごとく口にするわけだけど、ではその「一体感」とか「家族」って何なんですかという問いには答えられない("toi" とタイプして、まっさきに「説い」なんていう妙な日本語が出てくる Google IME も、品質としてはたいがいだな)。そらそうだ。集団心理学や家族社会学の博士号をもってる政治家なんて殆どいない。したがって、筋の通った主張ができない者に制度の是非なんて判断できないわけだよ。つまり、こういう人たちは、「家族の一体感」なんていうフレーズで自分が思い描いている感情を個人として大事だと思ってるだけなんだよね。もちろん、それは個人としての感情だから、他人が是非を言う筋合いのものではない。でも、逆にだからこそ彼らも他人に向かって自分の感情について思っていることを「伝統」だの何のと誤魔化して押し付けるようなことはしてはいけない。それこそ、僕が(科学哲学者である以前に哲学者として)避けるべきと思っている、自己欺瞞というやつだ。単なる個人としての感情や評価を、何か客観的で伝統的なことであるかのように思いたいだけなのに、そういう自分自身の心情を誤魔化している。それは、イデオロギーがなんであろうと人としていけないことだと言いたい。