Scribble at 2026-06-12 08:40:10 Last modified: 2026-06-13 09:06:50
AI の概論として人気があるというシリーズの最新刊を書店で眺めてきた。やや応用編が長く書いてあり、画像生成 AI の基礎としては得るものがあると思うが、なんだかんだ言っても数年前の話をしている印象があって、やや期待外れであった。しかし、もともとは「作る」ことも目標なのであるから、既に個人のリソースでは御し難い規模の最新の AI を題材にしてもあいまいな話に終わるだけだ。このあたりで一区切りとするのが良いのだろう。仮にスケーリング則が正しいとするなら、あとはクラウドのサービスに大半の処理を投げるしか個人では AI を扱えないという話になるので、そこまで行ったら「作る」もなにもなくなってしまうからだ。
あいかわらずアマゾンのレビューでは、AI を使って飯を食っていそうな「ギョーシャ」や、AI 関連で程度の低いお得情報みたいな記事を量産してる連中が賞賛のコメントを書き始めていて、もちろん本シリーズが優れた概論であることは認めるけれど、逆に言えば日本にはまともな概論を書く人がこれほど少ないという事実に唖然とさせられる話でもある。
僕は、専門のライターを職能として育てる方がよいと考えているので、プロパーが物書きとしても訓練を積むべきだとは思わないし、たまたま文才のある人間だけにものを書かせるのはどうかと思うのだが(だって、いくら文章がうまくても馬鹿かもしれないわけで)、日本のプロパーはあまりにも文章の構成や表現について経験も思慮も浅くて酷すぎる。これは、数学のテキストについて僕が当サイトで書いていることでもある。しかるに編集者の質が問われるのだけれど、これも当サイトで書いているように、大出版社の編集は既にサラリーマンであって、社内で北斗神拳のように伝授される編集のローカルなノウハウは知っていても理屈や歴史を知らないし、どうあるべきかというコミュニケーションや言語や認知や知覚についての基本的な興味もないと思える人ばかりが書籍や雑誌の編集に携わるようになってしまったように思える(というか、もともとそうなのかもしれないが)。要するに、いまどきの編集者は販促のことしか頭にない営業マンなのだ。僕が言う広い意味でのマーケティングという立場であればともかく、販促のことしか頭にないような編集をやっているようでは、サラリーマンとしては出世するだろうが、しょせんロボットだ。そのうち、そういうレベルで仕事をしている連中が出版するような書籍の編集・校正・製版なんて仕事は生成 AI で事足りる時代がやってくる。