Scribble at 2022-06-14 09:00:49 Last modified: unmodified

ボタンやリストの項目にロールオーバー(ホバー)したときの挙動として、フォーカスを設定する、つまりロールオーバーしているボタンとか項目を選択した状態にすることがいいかどうかは、一概に決められないと思っている。

アクセシビリティ、つまり誰もが情報へバリアなしにアクセスできることを目的とすれば、ボタンやリストの項目にマウスのポインタを当てたときにボタンの色や大きさやアウトラインのプロパティを変更して状況を分かりやすく示すことは望ましいというのが一般論だ。もちろん、これは健常者にとってはユーザビリティとしても望ましいとされる。

しかし、ロールオーバーしただけで選択状態になるという挙動が困ることも多い。なぜなら、僕も含めて GUI でコンピュータを操作している人の多くは、ディフォールトでマウス・ポインタを中央付近に置くことが多いからだ。単に基準となる位置にマウス・ポインタを置いているだけなのに、ちょうどそれが何か特定のボタンやリスト項目をロールオーバーしているというだけで、それらを選択したようになってしまうことがある。これは、画面が開いたときにマウス・ポインタを勝手に特定の位置へ移動してしまうことがあるゲームの UI などでも困惑させられる。

UI 操作の基本はスクリーンの中央へ表示されるウィンドウや UI 要素の操作であるから、マウス・ポインタを中央付近に置くという習慣は自然なことであろう。しかし、ロールオーバーするだけで項目やボタンを選択した状態にしてしまうと、何か画面が出てくるたびに最初から何かを選択した状況になってしまう。そして、これも僕だけではないはずだが、何かウィンドウが新しく出てくると念押しのように出てきたウィンドウをクリックしてフォーカスを当てようする挙動が習慣になっていたりする。こうなると、勝手にフォーカスが当たっているボタンや項目をおもむろにクリックしてしまうという事故が避けられない。

ロールオーバーでのステータス変更にはアクセシビリティとしての役割があるとは言え、マウス・ポインタの位置との関係でユーザビリティとしては弊害をもたらす可能性がある。こういう状況でやれることと言えば、もちろんロールオーバーでの自動選択をやめよと訴えることではなく(サービス提供側やデザイナーにそれを訴えても、たいていは無駄である)、自ら行動を修正する他にない。人間関係でもしばしば言われるように、他人なんて凡人であればなおのこと、自分の考えや行動に疑問を覚えたり反省なんてしない。相手が行動や考えを改めてくれると期待するのは概して愚かである。われわれ自身が行動や考え方を(不本意にではなく、結局はこちらにも都合がいいように)変えることが最善であろう。

おそらく必要なのは、ロールオーバーすると勝手に選択状態になるという前提で、ウィンドウや画面遷移の後はマウス・ポインタを画面の端やウィンドウの外へ動かすという新しい習慣を身に着けることだ。よって、Windows の伝統芸能と言ってもよいパターナリズム、つまりマウス・ポインタを既定の位置に動かすなどというバカげたオプションは徹底して排除するとともに、マウス・ポインタを自分の道具として十分にコントロールする習慣を身に着けることが望ましい。あまり大真面目に語られることはないが、マウス・ポインタを制御するソフトウェアも GUI 環境で我々が最も頻繁に使うプログラムであり道具なのだ。

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