Scribble at 2024-07-21 10:36:26 Last modified: 2024-07-21 10:56:41

添付画像

事件は、「時代錯誤の愚挙」「常軌を逸した行動」とも評される。ただ、根底に、日本の行く末への憂いがあったことは間違いない。

三島由紀夫自決 見届けた元陸自隊員の日記公開 「右手の中指を…」「二太刀で首切れた」

インチキ保守とか右翼というのは、三島由紀夫が死のうと生きようと変わらないという見本のような記事だ。僕は、ここでは何度か書いているが、この事件を何か日本の思想における重大な一里塚であるかのように演出している物書きというのは、はっきり言って頭がおかしいと思う。そんなにイカれた人間の言動でストーリーやドラマがほしいのか。しかも、上のような恥ずべき精神によって書かれた文が示唆しているように、インチキ保守とか右翼というのは、「動機が純粋なら何をやっても許される」という、まさに中国でガキがやってる「愛国無罪」のような反日運動と同じようなことを平気で公の報道機関の記事に書き続ける。これこそ、この国が法治国家でもなんでもない一つの文化的な証拠だと言ってもいい。

もちろん、文学作品として三島由紀夫の評価が色々とあるのは分かるが、この一件については僕は問答無用だと言いたい。これは「クーデター」や「テロ」なんて言えるようなスケールの行動でもない、ただの違法行為である。いまだにこういう事件を何かセンセーショナルな思想的事案であるかのように過大評価して深刻に「考察」してみせる素人思想家とか作家がいるようだが、文明国に生きる者としての基本的な価値観が歪んでいるか、あるいは端的に言って未成熟だと思う。

そもそも、三島由紀夫をこれだけ極端に過大評価していながら、野村秋介氏のような右翼の人物による同じような行為(朝日新聞社に押し入って自殺)を全く黙殺しているのは、これはただの商業主義だと思うんだよね。三島由紀夫について書けば売れるというだけのことでしかない。まったく、この件について本を書いてる人間は、その愚昧さや人としての未成熟について恥を知るといいよ。

  1. もっと新しいノート <<
  2. >> もっと古いノート

冒頭に戻る